ロジャーズ(Carl R. Rogers)の“The Necessary and Sufficient Conditions of Therapeutic Personality Change”(Journal of Consulting Psychology Vol. 21, No. 2, 1957) の6条件の説明も、第三条件(純粋性、自己一致)、第四条(無条件の肯定的配慮、受容)に入ります。
純粋性(自己一致) ”The Therapist’s Genuineness in the Relation-ship”
三つ目は、純粋性あるいは自己一致と呼ばれ、セラピストに必要な条件です。
「カウンセリングの間、クライエントの関係性の中で、セラピストは、一致した、純粋な(ありのまま)、統合した人物であるべき」というものです。
言い方を変えると、
クライエントとの関係の中では、「彼自身が自由で芯から自分らしくあり」、「実際の経験が自己認識によって正確に表現できている」状態で、それは意識するしないに関わらず「見せかけ」とは対極にあります。
ただセラピストが、一生この様な模範的な人間でいる必要はありませんし、不可能です。
そして、「私はこのクライアントが怖い」とか「自分の問題に気を取られていて、ほとんど彼の話を聞けない」と言ったことがあったとしても、否定せず、それらを自由に受け入れることができるならば、この必要条件は満たされることになります。
但し、セラピストがこのような自分の感情と心配事をクライエントの上に荷おろしすることを意味してはいません。また思ったことを衝動的に口走ることも意味していません。
私たちの現実の自己像は、理想のそれとは一致しないで、ずれているのが普通です。もちろん、ずれが大きすぎると、悩みや苦しみの基になるものの、少しずれていることは、努力する目標でもあり、あきらめる余地にもなります。このずれを認めることが、大切なのです。
無条件の肯定的配慮(受容)“Unconditional Positive Regard”
四番目は、「クライアントに対して無条件の肯定的配慮を経験する」です。
セラピストがクライエントに対して、無条件の肯定的配慮を実践する事です。
つまりクライアントの経験を、クライアント自身の一部として温かく受け入れる気持ちを抱くことです。受け入れに条件がなく、「あなたがこうでこうでなければ好きになれない」といった感情がないことを意味します。
デューイが用いたように、それはその人を「尊重する」ことを意味します。
あるクライアントは、そのセラピストを次のように表現しています。
「私自身の経験を所有していることを育んでくれる…これは私の経験であり、私が実際にそれを経験しているということを:私が考えることを考え、私が感じることを感じ、私が望むことを望み、私が恐れることを恐れる: 「もしも」も 「しかし」も 「本当は違う」もない。」
これは、性格の変化が起こる場合に必要と仮定されている受容の形です。
もう少し、判りやすい説明が「新・カウンセリングの話」(平木理子)にあります。

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