先の投稿「人格変容に必要にして十分な条件(1)」で取り上げた、”The Necessary and Sufficient Conditions of Therapeutic Personality Change“の中で、ロジャーズは人格変容に必要にして十分な条件として6条件を挙げました。6条件の中の2番目と3番目に、
2.The first, whom we shall term the client, is in a state of incongruence, being vulnerable or anxious.
先ず、我々がクライアントと呼ぶ者は、不一致の状態にあり、傷ついたり不安な状態にいる
3.The second person, whom we shall term the therapist, is congruent or integrated in the relationship.
次に、我々がセラピストと呼ぶ者は、クライエントの関係の中では、自己一致あるいは統合しています
このような、クライエントの不一致とセラピストの自己一致に関しての「自己一致・不一致」の理解を深めるため、ヒギンズ(Edward Tory Higgins)の自己不一致理論の論文を「自己一致、もう少し詳しく(1)」で紹介しました。
“The necessary and sufficient conditions of therapeutic personality change(1957)”(Carl R. Rogers.)
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“Higgins’ self-discrepancy theory (1987)”(Edward Tory Higgins)
ロジャーズは”The Necessary and Sufficient Conditions of Therapeutic Personality Change“の中で、不一致が引き起こす感情は、”vulnerable or anxious”(傷つき、不安)に加えて”a fear”(恐怖)などのネガティブな感情が述べています。ただ様々な感情と不一致の種類の関係までの言及はありませんでした。
一方、ヒギンズの自己不一致理論は主な目的として、さまざまな自己の不一致が、異なる種類の不快感に関連するさまざまなタイプの否定的な心理的状況をどのように表せるかを示しています。
そこで今回は、このヒギンズの自己不一致理論を用いて、エリクソンの発達段階説のいくつかの発達段階における不一致と感情の関係に適用できるか試みました。
“Higgins’ self-discrepancy theory” ⇔ ”Identity : Youth and Crisis”(Erik H. Erikson)
なお、エリクソンの発達段階説は、”Identity Youth and Crisis” (W. W. NORTON & COMPANY New York London, Reissued as a Norton paperback 1994 Copyright @1968)を主に参照しました。
Higgins’ self-discrepancy theory
1987年にエドワード・トーリー・ヒギンズ(Edward Tory Higgins)によって開発されたこの理論は、「現実の自己」「理想自己」(人生経験から作られた理想化された自己像)および「あるべき自己」(自分がそうあるべきだと感じる自己)の様々な種類の自己の間の不一致が、どのような種類の感情を引き起こすか示そうとしました。
基本的な構造
この理論では、自己の領域と自己の立場と言う二つの観点で、様々な不一致を分類しています。
- Domains of the self 自己の領域
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この理論は、三つの基本的な自己の領域を仮定しています。
- Actual Self:実際の自己とは、自分が実際に持っていると信じている特性、または他人が自分はその特性を持っていると信じていると考える特性の表現のことです。「実際の自己」は、人の基本的な自己概念です。それは、自分自身の特性(知性、運動能力、魅力など)に対する自己認識です。
- Ideal Self:理想自己とは、ある人(自分自身または他人)が理想的に持ってほしいと考える特性の表現のことです(つまり、その人に対する希望、抱負、または願望の表現です)。「理想自己」は通常、個人が変化し、向上し、達成する動機となります。これに対して、愛が与えられたか取り去られたかのような、肯定的な結果の有無に焦点を当てる自己調整を行います。
- Ought:すべきこととは、誰か(自分自身または他者)が自分が持つべきだと信じる属性の表象、つまり自分の義務、責任、あるいは責務に対する感覚の表象のことです。これに対して、否定的な結果の有無(例えば、批判が行われるか、控えられるか)に焦点を当てる自己調整を行います。
- Standpoints of the self 自己の立場
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この理論では、「自己」が認識される二つの異なる観点(または視点)を考慮します。
- Own:個人の個人的な立場
- Other:重要な関係者とは、親、兄弟姉妹、配偶者、友人などが含まれる場合があります。「他者」の視点とは、自分がその重要な関係者の視点をどう認識しているかということです。
- Discrepancies 様々な不一致
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この理論では、自己の異なる領域同士が互いに対立し、異なる立場から見ることにより、生ずる不一致が個人は特定の感情的影響を経験する事を明らかにします。以降に具体例を示します。
Domains of the self 自己の領域 Actual現実 Ideal理想 Oughtあるべき姿
Standpoints of the self
自己の立場Own
自分のSelf-Concept
自己概念Self-Guide
自己指針Self-Guide
自己指針Other
他者のSelf-Concept
自己概念Self-Guide
自己指針Self-Guide
自己指針
様々な不一致
現実の自己に対して、自分が理想的に持ちたいと考える属性に関する信念、あるいは母親のような重要な他者が理想的に持ってほしいと考える属性に関する信念との間の不一致の違いです。この違いは、前者はポジティブな結果が得られないことで、落胆に関連する感情と関連します。後者は、ネガティブな結果が存在することで、動揺に関連する感情と関連します。
Self-Concept:自己概念
この自己状態の表象は、どちらか一方、または両方の立場からの、基本的な自己概念(Self-Concept)です。
★Actual/own vs. Actual/other
自身の自己概念(actual/own)と他者の自己概念(actual/others)との間の不一致は、アイデンティティ・クライシスとして説明することが可能で、しばしば青年期に起こります。
- 罪悪感(Guilt):自分自身の視点(Own)からの不一致の特徴的な結果です
- 恥(Shame):他者の視点(Other)からの不一致の特徴的な結果です

青年期の発達課題(エリクソンの発達段階説)への適用
エリクソンの発達段階説の青年期は、発達課題とそれに伴う心理社会的危機として、自我同一性 vs同一性拡散(identity vs. identity confusion)があり、まさに発達課題を達成できない心理社会的危機の同一性拡散がアイデンティティ・クライシスに該当します。
この時期は、自らの自由な選択によって年長者(Other)には恥知らず(Shame)と見られると感じる行動を選んだり(➡❷)、自分(Own)の野心の過剰さに対する罪悪感(Guilt)を持つことがある。(➡❶)
Self-guide:自己指針
★Actual/own vs. ideal/own
この不一致は、自分の視点(own)における現実の自己(actual/own)が、望んでいた、期待していた自己像である理想の自己(ideal/own)との不一致です。この不一致は、低い自尊心と関連しており、良い結果の欠如の脅威を特徴とし、失望や不満といった落胆に関連する感情の表出に繋がります。

学童期の発達課題(エリクソンの発達段階説)への適用
エリクソンの発達段階説の学童期の、発達課題とそれに伴う心理社会的危機は、学校教育を受ける中で、学習に対する勤勉性をもつことが発達課題です。もし、学習が思うように進まない経験が重なると、無力感(➡❷)や劣等感が生まれるとしています。但し、親などの重要関係の他者の視点を意識した場合の、不一致感情は次の不一致に関係すると思われます。
老年期の発達課題(エリクソンの発達段階説)への適用
エリクソンの発達段階説の老年期の、発達課題とそれに伴う心理社会的危機は、これまでのやり直しのきかないたった一度の人生を振り返り、肯定的に受け入れ意味(wisdom)を見出すことが課題となります。自分の人生を肯定的に受け入れられないと、不満や絶望を抱く(➡❶)ことになります。
二つの発達段階への適用を試しましたが、この不一致は、あらゆる年齢で日常に起こりうる事象かと思います。
★Actual/own vs. ideal/other
ここでは、自分の実際の属性に対する見方である現実の自己(actual/own)と、重要な他者が望む理想的な属性である理想の自己(ideal/other)が一致しません。理想的な自己ガイド(self-Guide)は、ポジティブな結果の欠如によって特徴づけられ、失望に関連する感情を伴います。より具体的には、自分が重要な他者の望みや希望を達成できなかったと信じているため、その重要な他者が自分に対して失望し、不満を抱いていると考えやすくなります。
- 恥(Shame):面子の喪失や他者の不満にさらされる予測など、他者の好意や評価を失うことへの懸念を表します
- 当惑(embarrassment)、落胆(downcast):他者の目における自分の評価や地位を失ったと信じる、あるいは自分や目標への自信の欠如を示します
- 無価値感(unworthiness):実際の自己と社会的理想自己との違いを自覚したときの感情


幼児前期の発達課題(エリクソンの発達段階説)への適用
エリクソンの発達段階説の幼児前期(1歳半~6歳ごろ)の発達課題とそれに伴う心理社会的危機は、排泄コントロールを通じて、自律感を持つことが課題となる。排泄コントロールに失敗すると、自分の能力に対する疑い(➡❷)や人に見られた中で恥(➡❶)の感情が生まれる。
まだ自己中心性から脱する途中におり、❶に明確な他者の理解は無いが、養育者の目を意識する面からこの感情が湧くかも知れません。
★Actual/own vs. ought/other
この不一致は、自分から見た現実の自己(actual/own)と他者の視点からのあるべき自己(out/other)と一致しないときに自己の指針(Self-Guide)により生じます。この不一致には、動揺に関連する感情が伴い、否定的な結果が生じます。より具体的には、定められた義務や責任の違反は罰と関連しているため、この特定の不一致は否定的な結果の存在を示しています。
- 恐怖や脅威:罰を受けるという期待により、危険や害が予想される
- 憤り:他者によってもたらされるであろう痛みに対する予想
- 不安:他者からの否定的な反応や自己批判からくる興奮


幼児後期の発達課題(エリクソンの発達段階説)への適用
エリクソンの発達段階説の幼児後期の発達課題とそれに伴う心理社会的危機は、なんでも自分でやりたがり、さまざまな活動を通じて、自主性をもっことが課題となります。その活動が親の規範に合わない場合、罪悪感(➡❶)が生まれます。
★Ideal vs. ought
理想の自己(ideal/own)とあるべき自己(out/own)は、実際の自己がそれに沿おうとする自己の指針(Self-Guide)として機能します。理想自己は希望や願望を表し、一方であるべき自己は義務感や責任感によって決まります。理想自己とあるべき自己のギャップに関して、また自己調整的なアプローチ行動と回避行動に特化すると、理想の領域にはアプローチ行動に傾き、あるべきの領域に対しては回避行動に傾く傾向があります。
ここは感情ではなく行動で表わされます。
- 回避:現実的/あるべき自己の自己調整システムの先延ばしの最も強い予測因子です
- アプローチ行動:理想の領域での希望や願望により生じます


最後に
ここまで、相談者の前提として、「不一致の状態にあり、傷ついたり不安な状態にいる」としたが、そもそも「傷ついたり不安な状態」を表す感情とは、全て一致・不一致で説明できるのだろうかの疑問がわいてきました。感情とは、日常の何もないときは湧かず、人は「安定状態(=通常状態)」にあると言える。その通常状態から、外れて「緊急状態」に移り行動を、自分自身あるいは他者に促すために湧くものとも言われています。感情を起点に、自己一致・不一致を見直すのも興味深いかもしれません。
そして、 この自己一致・不一致により湧く感情により「通常状態」から「緊急状態」を繰り返す人生の最後の老齢期に対して、エリクソンの“Identity : Youth and Crisis”の中の意義深い老齢期に対する人生の最後の言葉が印象的でした。
意義深い老齢期(a meaningful old age)
このサイクルの終わりは、人間が自らのアイデンティティの限界や、世代の連鎖の中でのたった一度の人生サイクルにおける、しばしば悲劇的あるいは悲喜劇的な関わりを超越する機会がどれだけあるのかという「究極的な懸念」も呼び起こします。この意義の欠如においても、依然として「世界の維持」に倫理的に関心を寄せています。次の世代の始まりに必ず影響を与え、ひいては他の人々が究極的な問いに明確かつ力強く向き合う機会に影響を与えるからです。結論として、心理社会的強さは、個人のライフサイクル、世代の連鎖、そして社会構造を同時に調整する総合的なプロセスにかかわってきます。なぜなら、これら三つはすべて共に進化してきたからです。
一人、生まれ死んでいく個人のライフステージが、時間軸で世代へ連鎖し、空間軸では社会と連携する、と言った人類の輪廻サイクルのプロセスに気づくのが「英知(wisdom)」なのかも知れません。辿り着けるでしょうか?








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