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四つの<物語>で学ぶ(5)ポールの分析(後)

ここからは様々なポール・デンプシーに行われたアセスメントの観点で解析が進みます。最初自己構成に関する所から入り、キヤリア構成で分析は完了します。

自己構成コンテンツ

父親が間接的に自分を支配しようとしたこと、家政婦がポールの外出を制限し続けたことは、ポールに大きな取り除くことかできないネガティブ感情を残すことになり、彼の生き方に大きな影響を与えました。他者からの干渉に憤慨するだけでなく、対立と反発のエピソードが起きる度に、ポールは母親の死で経験した見捨てられ感と傷つき体験による苦痛を思い出すことになりました。その憤りは、ポールの全人生を貫く決意「誰も自分のことを気にかけてくれないので、自分だけで生きる」を固めることになりました。自立すること 高校三年生だったポールは、「自分の人生は自分で切り拓く」と当然のように主張しました。四〇歳のときに受けたダイナミック・パーソナリティ検査(DPI)(Grygier, 1976)で、自己信頼と自発性尺度の得点が高かったことが、ポールの発言を裏づけています。同じく四〇歳のときに受けた主題統覚検査(TAT)(Morgan & Murray, 1943)で、ポールは、強気で自分の意見を言う人物(カード4)、他者に影響を与えながらも自分の道を進む人物(カード6BM)、父親の忠告を聞かない反抗的で頭の固い息子 (カード7BM)、自分の道を進んでその過程で破壊されてしまう人物(カード13MF)について発言しています。

このカードの人物はそれぞれ、代償を払ってでも、自分の運命を他の人に決めさせない人物です。ポールの人生の多くは、アイデンティティを確立しないことによって、父親との安全な距離を保とうとする努力として理解できます。四〇歳のポールがTATカード8BM に答えたとき、「カードに描かれた 子は父と違って人生に打ちのめされないと宣言している」と述べたことからでも明らかです。息子が生き残るためには、息子と父親がまったく別の存在であることが必要です。ポールがアイデンティティを確立しょうとしない行動は、家族を超えて職場にも及ぶことになり、ポールは上司や雇用者も父親と同じような存在として見なして、しばしば攻撃の矛先を向けました。

ポールの自己肯定観と他者否定観はパラドックスを生みました。ライフポートレートを読んだある心理学者は、「ポールは誰かに依存し過ぎないように苦労しているようだが、誰に依存していたのでしようか?」と言いました。このような混乱か生じるのは、人に対する感情を抑制するのではなく、感情を不活性化し、冷静でひょうひょうとした無関心な態度を取ったからでした。ポールの感情表現か乏しかったのは、彼の精神的プロセスと肩動の自己調節が、感情を生み出さないように設計されていたからであり、感情を抑圧していたからではありません。彼は感情的な反応を遮断したのであって、隠したのではありません。

さらに、彼は人との接触を制限することで、他人に頼らなければならない状况に身を置かないようにして、不安や拒絶を感じる可能性を最小限に抑えていました。DPIスコアの人との隔離尺度の得点が高いのは、彼が防衛のために人から遠ざかっていたことを示しています。このように、ポールは実際にはほとんど痛みを経験しないようにしていました。不安や拒絶の感情が生じたとき、ポールは過剰に動き回ることで気持ちを切り離し、気を紛らわせていました。

ゴロワーズ

ポールに限らず回避型の場合は、人と関わるのを避けるため感情を遮断すると思われます。彼の場合は、特に父親の像を目上の人に投影あるいは転移させた結果、本当は関わりたいのに攻撃行動になるところが特徴的です。

多動で競争的

ポールは、職場や他の場所でのプレッシャーから逃れるために、〈多動〉という戦略を使っていました。彼はプレッシャーを感じると、駐車場でトラックを走らせたり スノーモービルで森を走ったり、オートバイで田舎に出かけたり、旅行に出たりしていました。四〇歳のときに受けたミネソタ多面人格目録(MMPI-2)(Butcher, Graham, Tellegen, & Kraemmer, 1989)のプロフィール(スケール9=100, K,2,7は低スコア)の自動解釈を参考にすると、彼は過活動型の人間で、自分か人よりも強いことを誇示して自己強化をして、 競争するという人生を構成しています。自動解釈による解説は次のように続きます。「エネルギッシュで、興味の幅が広く、さまざまな活動に参加する傾向がある。落ち着きがなく、変化を好み、単調な活動にはあまり耐性がない。決断が早く、頻繁に考えを変え、一般的に大いに活動的で、時には疲れてしまう」。前述の解釈によると、このような回避の傾向は、成果を上げて成功し、権力を得て支配しなくてはならいという過度の思い込みによって不安になる可能性があります。また、このような人たちが従順な立場や依存的な立場を取るように強いられると、ポールのように脅威を感じるでしょう。

四〇歳のときのDPIスコアを見ると、ポールは衝動的で気持ちか変わりやすいように思われます。スコアから、復讐心に燃えて、じっとしていられないと読み取れます。 一方、ポールは競争心が強いため、 自分と比較して他人がどのようなパフォーマンスをするかを強く意識していたのではないかと思われます(TATカードBM)。その一方で、優れた仕事ぶりによって与えられた新しい責任を果たすために必要な能力が自分にあるのか確信か持てなかったでしょう(TATカード14)。他人から課せられた義務から解放され、仕事が一段落して、再び自分のペースで自由に行動できるようになったら、どんな人生になるのだろうという空想に、ポールはしばしば支えられていました。(TATカード9)。MMPIのレポートによると、ポールは「個人的な空想や夢に多くの時間を費やしている」とあります。この解釈は、DPI尺度で示された鮮やかな想像力(Ph) と空想的な願望(Pi)の高い得点と一致します。

ソマチゼーション

ポールは、前に進めないときは、身体に症状が現れました。彼が経験したプレッシャーとその影響は、 めまい・吐き気・記億と集中力の問題で、MMPIテストの結果に明らかに現れていました。さらに、彼は「混乱し、当惑し、落ち着きがなく、多動な人」であり、「感清的ストレスやプレッシャーに直面すると、身体的症状が出る傾向がある人」だと説明されています。プレッシャーが高まり前に進めないとき、ポールは身体症状を出すことによって、それに対処せざるを得ませんでした。彼のMMPIプロフィールは、尺度1と3に緩やかな上昇を示し、2に谷を挟む、いわゆる転換Vのパターンを示していました。このパターンは、強い依存欲求を認めたくないことから生じる心理的葛藤を反映していると解釈する心理学者もいます(Bradly, Prokop, Margolis, & Gentry, 1987)。例えば、ポールと彼の妻がハートタイムで銃器や狩猟用品の商売をしていたとき、彼は最終的にさまざまな身体的不調を訴えて病院に入院することになりました。その後、彼はこう報告しています。「自分の仕事に没頭していた父のようになるのではなく、リラックスして自分の好きなことをしたいんだ」。中年期には、仕事での責任か重くなることに不満を持つようになっていました。「私は出世を望んでいるわけではありません。もっと業務や責任を減らしてほしい」。ストレスの少ない人生への願いは、高校三年生のときのレポートにすでに表れていました。「いっか、ゆっくりくつろいで、世の中の流れに身を任せたい」。

ポールは他人か信頼できないという思い込みに合わせて、回避する戦略無理やりに自己信頼すること・注意力を散漫にすること・身体に症状を出すことで、仕事や同僚に適応していきました。親密な関係に関していうと、このタイプの性格は、思春期に早い性的成熟を示し、短期的に交際相手を変える験に通じます(Fraley, Davis, & Shaffer, 1998)。ポールが一年間に一八人の異なる性的パートナーがいたと報告していることを思い出してください。ポールの恋愛スタイルは、複数のパートナーを好み、愛なきセックスを信じ、セックスの際に最小限の愛情しか注かないことにつながった可能性があります。そんなポールが、彼の自律性を脅かすことなく自分自身を受け入れてくれる女性と結婚できたことは、非常に幸運でした。彼の妻は安定した関係をもたらし、ポールはそのおかげで多くの活動や冒険を心から楽しむことができました。彼女は、人生が彼に投げかけたニつの疑問に対する答えとなりました。「私が自分自身ために存在するのもでなければ、誰が私のために存在するだろうか? 自分のために存在するものでないならば、 どんな人間にならなければいけないのだろうか?」(Hillel, 1987, p26)。彼の妻は、彼に勇気を与え(TATカード4)、親密さを求めながらも一人でやっていく必要性を受け入れてくれるバートナーでした(TATカード3BM)彼女は、ポールがいつも歓迎され、根づいていると感じられる家庭を築きました。しかし、家庭では得られた安心感や安定感は、ポールのキャリアにはありませんでした。

目次

ポール・デンプシーのキャリア構成

この節では、ポールが仕事の世界でどのように自分の個性を発揮したかを、まずキャリア構成のプロセス、次にそのキャリアのコンテンツに焦点を当てて検討します。まず、キャリア構成プロセスで注目されることは、ポールの性格である「こだわりを持たない」「自立した競争心」「静止することのないエネルギー」が、ポールを次々に別の仕事へと導き、その一つひとつを彼か冒険として捉えていたことです。ポールのライフポートレートには、回避的な愛着スキーマがどのようなワークライフを形成するかがよく現れています。さらに、回避的な愛着スキーマが、キャリア構成の回避的戦略や長すぎるアイデンティティモラトリアムにどのように影響するかを、非常に明確に示しています。

キャリア構成プロセス

ポールのキャリアは、客観的に見ればかなり成功していますが、不安定です。ミラーとフォーム(Miller & Form, 1951)は、キャリアのバターンを安定と不安定に分類しました。安定キャリアパターンとは、ある職業レベルから別の職業レベルへ、あるいはあるポジションから次のポジションへと秩序正しく移動するという安定的で慣習的に見えるキャリアパターンです。これに対して、不安定キャリアパターンでは、仕事や職業を転々とし、中には無関係なものもあるため、試行錯誤が何度も繰り返されます。

ポールのような、複数の仕事をさまよい続けるバターンになるのは、主なキャリア対処行動が「まず試してみる」であることが原因です。スーパーら(Super, Kowalski, Gotkin, 1967)は、青年期後半から成人期前半にかけてのポジテイプな対処行動として〈試してみること〉を挙げて、漂流・低迷・停滞というネカティブな行動とは対照にしています。〈試してみる〉とは、ある関連する仕事から別の仕事に試しに移動することで、合わない仕事を見つけてその仕事をしないという消去法で適合する仕事を選ぶ方法です。そして、選択の結果、通常は定職につきます。しかし、ポールにとって「試してみること」は、「安定」につながる試みではありませんでした。「試してみること」は、若いころだけでなく、彼のライフコースを通じて続き、〈道を探す人〉としてのキャリアストーリーを構成しました。

彼はキャラクターが成長するにつれて、冒険者としての自己認識を持つようになり、常に移動を続けました。ポールは、「試してみること」を続け、客観的に見ても成功して、主観的にも幸福感を感じるようになりました。主観的な観点から見ると、ポールは自分のキャリアの中で一貫したテーマを認識していました。ポールは、最終面接の最後でこう語っています。

 私はかなり多くの仕事を経験しましたが、 少なくとも仕事に関してはかなり安定していたと思います。主な仕事は四つほどで、 ほとんどがトラック運送業に関連するものでした。

さらに、ポールは、トラック運転手の最大の魅力について「旅をしているときは一人です。楽しいです。そして、自分が自分のボスです」。と語っています。この文章を分解してテーマを取り出すと、「独りで」「自分がボス」「旅」という三つが見つかり、彼がどう人生をコントロールしているかがわかります。

独りで ポールのキャリア観は、すべての人間は島のような孤立した存在であるという幻想に基づいて構想されました。十代後半の頃、「自分は自分のものでしかない」と彼が言っていたのを思い出してください。ポールは、仕事の場面で上司から頼られたり、従うよう期待されると、大きな脅威を感じました。彼は、協力的なパートナーシップではなく、競争的で自己向上のために仕事をする人生を作り上げました。彼は、同僚や雇用主がしぶしぶ彼のいうことを聞くのに喜びを感じていました。このように他人を犠牲にして自分の自尊心を高めるパターンは、自分を肯定的に、他人を否定的に位置づける愛着スキーマを顕したものです。彼は、競争的で衝動的なアプローチを用いて、他者から逃れ、同僚と対立し、友人や社会的行一亊のための時間を取小限にしました(Hazan & Shaver, 1990; Hardy & Barkham, 1994)。一言い換えれば、ポールは人間関係を避け、独りになるために仕事を利用していたのです。

自分がボス

妻と子どもは例外でしたが、孤独を感じていた結果、ポールは自分だけのための自分でありたいという切実な欲求を持ちました。彼は、「自分のやりたいことをやれば成功する」と断言しました。そして、自分かコントロールできる仕事、つまり、自分が決断できる仕事を探しました。 一日に200回もの瞬時の決断かできることが、ポールの自慢でした。上司にとっては、ポールの落ち着きのなさが職場で目立つので、管理することが難しい存在でした。 二五歳のとき、ポールは「背中をポンと叩いて、よくやったと言ってくれる人は誰もいません」と言っています。このような不満が繰り返される原因は、職場の権威者との関係が父親に対する怒りと憤りを再燃させてしまうからでした。この原因は、彼の青年期にまでさかのぼります。ポールの心の中には、受け入れてほしいという思いがあったのですが、何をやっても父親や家政婦は喜ばなかったのです。ポールは、すべての監督者に、反抗的な態度を示しました。

独りで自立するためにポールはどこかにとどまることを避けました。ただひたすら動き続けることか 好きでした。高校時代には、勉強をするためにじっとしていることかできず、学業に支障をきたすようになっていました。この傾向は、生睚続くパターンになりました。ポールの自由への欲求はいたるところに広がり、閉じ込められていると感じることを嫌いました。父のレストランで一緒に働くことを拒んだのは、「外で自由に動き回れる方かいい」と思ったからです。ポールは、自分のキャリアにおいて、雇い主に縛られることを拒みました。彼は、雇い主や職業に縛りつけられるような約束はしたくないし、それは、できないことでした。

つまり、ポールの人生のモチーフである「旅」は、 一貫した主観的キャリアテーマを構成しています。

しかし、キャリアパターンを客観的に見ると、成功はするけれども不安定で、安全ではないと言えます。ポールは、安定や永続性を求めたのではなく、自律性と刺激を求めて職を転々としました。

父親とは対照的に、あえて自分の仕事が単調にならないようにしていました。父親のように落ち着いてはならないと思ったのでした。ポールの不安定なキャリアパターンは、ポールが一四歳のときの父親の次のような言葉で垣間見ることかできます。

「ポールは、 一つのことをコッコッとやっていく必要かあります。彼は次から次へと目移りしていくんです。せつかくうまくいっているのに、飽きてしまう」。

ゴロワーズ

先ず試してみること、なるべくひとりで仕事、責任ある立場を拒絶、自分の人生を「旅」と表現る。あまりの共通点に驚きます。

キャリア構成コンテンツ

読者の皆さんかポールのキャリアコンテンツを見たとき、彼のキャリアは、冒険という糸にいわは仕事という珠をつないだネックレスのようなものに見えるかもしれません。ポールは、新しいことに挑戦することで自らのキャリアを築いていきました。中学三年生のとき、一四歳で初めて受けた面接で、早くもそのようなことを表明していました。

「私は冒険好きな男の子です。新しいことを成し遂げたり、やったことのないことをやったり、そういうことが好きなんです。優越感に浸れるんです」。

中学三年生のとき、ポールはジョン・ウェインを自分のロールモデルに選びました。なぜウェインを尊敬するのかと聞かれ、ポールは「冒険家だから」と答えました。ポールは、また、未亡人となった叔母を非常に尊敬していました。彼女は自由な発想の持ち主でした。彼女は、ある場所で働き、そして飽きると、別の場所に移っていきました。看護師として働いていた彼女は、ポールが求める自律性 ・活動性・冒険心を満たすような仕事の仕方をしていました。小学生の頃、彼は医者になろうと思ったと一言っていましたが、結局、叔母の後を追って医療界に入ることはありませんでした。

テスト結果から見た適性と興味 中学三年生のときに受けた職業適性テストの結果は、彼が非常に優秀な青年であることを示していました。 オーティス・レノン精神能力テスト(Otis & Lennon,1967) では、全国基準で95パーセンタイル、468人の生徒の中で14位でした。機械的推理は95パーセンタイル、抽象的推理は82パーセンタイル、売工間関係は80パーセンタイル、言語的推理は八〇パーセンタイル、数学能力は六五パーセンタイルでした。 ネルソン・デニイ読解力テスト(Nelson,Denny,& Brown,1960) では81パーセンタイルでした。

WVI(仕事価値観テスト)(Work Values Inventory; Super, 1970) では、ポールのスコアは三回にわたって一貫しておりバラエティを好み、経済的報酬を中心とした活動を好む、という結果でした。ストロング職業興味検査改訂版(Strong Vocational Interest BlankーRevised:SVIB) (Stong, Campbell,Berdie,& Clark, 1966) の結果によると、ポールは、化学者・エンジニア・飛行士・大工・生産管理者か示す興味関心と近い興味を持っていました。クーダー職業適性テスト(Kudar Preference Schedule – Vocational Form CH)(Kuder, 1956)の結果は、機械的活動(95パーセンタイル)、言葉を使って説得する活動(81パーセンタイル)、科学的活動(78パーセンタイル)、の強い興味を示し、音楽活動6バーセンタイル)、屋外活動(17パーセンタイル)、芸術活動(27パーセンタイル)および事務職(36パーセンタイル)には興味がないことを示しています。彼のクーダープロフィールは、RIASECコード現実的(R)ー企業的(E)ー探求的(I)(REI)」を示し、機械工、機械、道具といった具体的な世界で起業家になることを示しています。ホランド(1994)が開発した職業検索システム(Occupation Finder – Form R)では、彼の能力レベル(Ⅵ)のREIコードに対応する職業として挙げられたのは、船長(Ship Captain)一つだけです。能力レベルVでは、材料技術者、一般監督者、生産管理者、プロジェクト管理者、交通技術者などの職業がリストアップされています。レベルⅣでは、ディーゼル技師、水先案内人、レベルⅢでは、ボート用品店などです。適性検査と興味調査の結果は、ポールが未来に就くと予測される仕事とプロジェクトを明確に予言していました。中学三年生のとき、ポールは学級委員長、そして最終的には学年長になりたいと述べ、企業的(Enterprise)な興味を示しました。また、中学三年生のときには、電気工学をやりたいと言い、現実的(Realistic)な興味も示しました。なぜなら、「電気はいつも面白いし、給料もかなり良いからです」。

ロールモデルである冒険家のジョン。ウェインと同じように、ポールの興味の中心は常に新しい冒険の探求でした。彼は高校三年で受けたロッター文章完成テストで正確に予測されたように「私の未来には多くのスリルか 待っているだろう」と述べています。確かに、彼の趣味のほとんどは、彼を移動させ、速く旅をさせるものでした。一四歳のときの最初の面接で、ポールは、イースター休暇にモンタナへ旅行するために仕事をしてお金を貯めていると説明しています。「叔母と一緒に、いとこを訪ねに行くんです。すごく行きたいんだ。冒険したいからかな。ただ、そういうことをやるのか好きなんです」。他に何をしたいのかと質問をすると、次のように答えました。

うまく、言えないけれど、新しいことを成し遂げたり、やったことのないことをやったり、そういうことです。多分優越感を感じる、ということでしょうかね。

ポールは、幼い頃から冒険に対する興味を示していました。キャンベルら(Campbell,Hyne,&Nilsen, 1991)は、七種類のキャリア志向を挙げていて、冒険への興味は、危険を冒すこと、他人と競争すること、身体的活動で表現されると説明しています。冒険家たちは、しばしば刺激を求めます。「彼らは勝つことを楽しむが、敗北にも強い」(Campbell,Hyne,&Nilsen, 1992, p.55)。ポールは、冒険に最も近いニつの興味グループ、〈影響を与える仕事〉と、〈物を造る仕事〉(RIASEC の企業タイプと現実タイプにある程度似ている)に興味を示しました。〈影響を与える仕事〉は、売上よりもリーダーシップに重点を置き、主導権を握り、結果に対する責任を引き受けることを重視します。ポールと同じように、〈影響を与える仕事〉は「言葉のキャッチボールを楽しむ」(Campbell,Hyne, Nilsen,1992,p.53)傾向かあります。〈物を造る仕事〉は、具体的な成果か見える屋外の仕事を示します。 つまり、ポールは、 一生涯にわたって「冒険」というキャリア志向を示し、人々に影響を与えなから、具体的な成果を生み出すことを実践したのです。

ゴロワーズ

〈影響を与える仕事〉言葉のキャッチボールの養成講座の講師、〈物を造る仕事〉メーカーの研究開発で試作に明け暮れる、また共通…

教育

ポールは、じっと座って言われたことをやるだけの学校では、何の冒険もできませんでした。学校は、ポールが活躍した実業界とは異なり、彼の興味や才能を刺激することはありませんでした。高校三年生になると、ポールは学業をまったく無視するようになっていました。「やれる範囲で勉強すれば良いんです。 それで、できなければしょうがないし。学校に行く気があれば行くし、行きたくなければ行きません」。ポールは機械製図や自動車整備の科目は好きでしたが、成績はまったく気にしていませんでした。職業的な目的を絞るためなら学校の授業はあまり重要でないと考えていました。

職業

ポールは、 父親の考え方にとらわれることなく、変化や冒険を楽しむことを積極的に身につけたようです。 三五歳のとき、「現在の人生で最も誇りに思うことは何ですか」と聞かれ、次のように答えました。ここまで生き延びてこられたことです。トラック運送業界は変化する業界です。日々変化します。仕事にも大きな変化があります。永続生はないけれど、仕事はいくらでもあります。私は他の仕事もやってみましたが、いつもトラック運送業に戻ってきました。トラック運送業は、おそらく最も簡単な道でありながら、最も困難な道でもあります。他の仕事よりも大きなチャレンジかできるんです。他の仕事も経験しましたが、飽きてしまいました。

ポールのキャリアを客観的に観察すると、不安で不安定なパターンが見えてきます。これに対して、主観的な視点でポールのキャリアテーマを見ると、ポールが冒険と挑戦に向かって、日常性と永続性から遠さかる方向に着実に舵を切っていたことか明らかです。ポールは、独立した人問になることに専念しました。そして、冒険を通して、自分は誰にも何にも頼らず、一人でやっていけるということを、自分にも他人にも繰り返し証明しました。この「冒険」と「自分でやる」、という目的意識が、ポールのキャリアを不安定なものにする一方、大きな成功にも導きました。

最後に

最終面接の最後に「何か重要なことを見逃していなかったかですか」と問われると、ポールは、自分が絆を深めて全面的にコミットしたのは、仕事ではなく、子どもたちだったと話しました。彼は、母親の死で失ったものを子どもたちに与えたのでした。

子どもたちは、私にとって大切な存在でした。子どもたちの意見はいつでも重要でした。でも、時には、少し厳し過ぎたように思います。確かに、厳しかったでしよう。でも、自由と規律の門にはある種のバランスか必要だと感じています。もしハランスがなければ、私に起きたかも知れない災いが子どもたちに降りかかったでしょう。私は幸運なことに、若い頃に問題を起こしたり大きなトラブルになったりせずに済みました。なせなら、制限があったからです。

ゴロワーズ

あれほど嫌がっていた、親や家政婦の制限・束縛の意味も気づいていたようだ!

ポールの魅力的な家にあるデッキに座り、彼のポートか係留されているわずか1.5メートル先の水路を眺めながら、キッチンでランチの準備をする愛情深いカップルの明るいおしゃべりを聞いていると、彼がこんなに多くの困難を乗り越えてきた人だとは想像できないことでしよう。幼い頃に母親を亡くし、家では居場所がなく、あてもなく移動し、どこにも所属できない日々を過ごしてきたポール。その悲しみと孤独、暗闇の中で、ポールは何度も方向を見失ったに違いありません。しかし、この人生の旅から、仕事でも家庭でも成功する決意と回復力を得たのでした。ポールは、どんな困難にも打ち勝った人生を振り返り、満足げに微笑みました。彼は、自分の痛みに心を奪われることなく、どんなときでも自分の道を切り拓いてきたのでした。

ポールを担当して思うのは、良く乗り越え、無事に生き残ってきてくれたことに感謝。そして、ここには書かれていないけど、彼が父親や家政婦の思いも判るようになっていたら…と思います。

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