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四つの<物語>で学ぶ(7)フレッド

「サビカス キャリア構成理論 四つの〈物語〉で学ぶキャリアの形成と発達」の第六章 「漂う人の不安(The Disquiet of a Drifter)ーフレッドの軌跡」を輪読会メンバーMOさんが作って頂いた要約を基に紹介いたします。(Web体裁に変換させてもらいました。)

このあと「キャリア関心の発達がうまくできなかった例」として紹介されるフレッドの軌跡ですが、最後には

「得たものによって生計を立てるが、与えるものによって人生をつくる」 by ウィル・ロジャース

MOさんは「エリクソンが提唱する発達段階でいくつか危機があったとしても、適切な対応をすれば、キャリア構成プロセスを修正できるという希望が持てる内容であった。」の感想を最後に述べてくれました。

では、要約頂いた内容の紹介をいたします。

漂う人の不安(The Disquiet of a Drifter)ーフレッドの軌跡

キャリア関心の発達がうまくできなかった例

STEP
父親

フレッドが生まれた時50歳近くになっていた。
7人兄弟の長子だったので、16歳で学校を辞めて働きに出たのだが、すぐに父親が亡くなり、鉄道会社で線路を作る仕事をした。
その後農場で働き、12年後建設会社で低賃金の仕事に就いた。
フレッドが中学1年になり、もうすぐ退職という時に会社が閉鎖され失業し、その後は厳しい労働生活になり、ひどく打ちのめされた。
ウエイトレスとして働く妻に代わって家事を担当した。生涯働きづめだったあげく、妻のわずかな収入に頼るしかなかった。
過去の苦しい記憶と共に一人で過ごすことが多くなり、息子が自分とは違う人生を歩むことを願いながら、それを叶えられる立場にいないことを自覚していた。
「フレッドには私のようになってほしくない。人生のすべてにおいて私は誰かの奴隷だった。」
「息子はこの世界で、私が得られなかったすべての機会を手に入れている」
脳卒中で長く療養していたが、末期に、ショットガンで自分を撃ってくれとフレッドに頼む。生きる屍のように耐えることしかできなかった父親のイメージは、辛く苦しい記憶とともに、フレッドに痕跡を残した。

STEP
母親

夫より20歳年下。12人兄弟の長子として、17歳の時に教師になる夢を捨て、農場の主婦(結婚)になるために高校を辞めさせられた。
幼い時から、両親が家事で疲れ果てていることに慣れていた。
貧しさのために、同世代の人が楽しむようなことは許されなかった。
自分より20歳も年上の夫との生活は、思っていた結婚とは違うことに気づいたが、自分の母親のように常に不満を言わず、働き者の夫を静かにサポートし、夫の決定に沿って、家庭内では夫に従うという立場を受け入れていた。
夫の死後、結婚するために10代で別れた男性と再婚している。
自分が新しい生活を始める方が、息子がそうするより簡単だと考えた。
結婚は親子関係とは違って、取り返しのつかない不幸ではなく、単なる過ち とみなされることがある。

目次

第1部

キャリア構成理論の視点

●恐怖・無秩序愛着スキーマと、内向的で規範を受容する人格傾向での、職業選択の動機づけ
 エージェントが構成された
●最良な状態では予防戦略を用いられたが、最悪の状態では不適応で崩壊的な戦略を用いた
●振り返って考えることはめったにしなかった
 振り返ったとしても、キャリア状況の断片的な振り返りし終わり、適切に状況を眺めることができず、
 意図的な行動方針の設計もできなかった
●「漂う人」となり、漠然としたキャリアストーリーを創り出した
 一貫した職業アイデンティティが欠けていて、テーマも未熟で内容の無いものになった
●信頼性が存在しない風土に浅く植えられたために、ストーリーは内容が乏しく、ネガティブな出来
 事からポジティブな意味も見いだせず、キャリアの方向性を示すこともできない
●家族のネグレクトで始まり、必然的に、「停滞とフラストレーション」に行きつく

自己構成プロセス

自己体系化(アクター)

フレッドの両親は、安心や安全を感じられる環境を与えられなかった

フレッドは、回避と不安が両方高い=恐怖・無秩序愛着スキーマ

恐怖・絶望・屈辱・恥・見捨てられ感等がトラウマとなって、定期的に襲ってくることで苦しんだ

幼少期の恐怖と混乱に満ちた愛着スキーマにより、人格構造と他者を評価するパターンの発達がバラバラで不連続なものになった

ゴフのパーソナリティ気質の直方体モデルでは、
対人的指向・・内向的
社会規範・価値・規則を疑うデルタ型
統合レベルの低いデルタ型の性格特徴を示し、
引っ込み思案・恥ずかしがりや・無口・孤立・何かに囚われていて、自滅的・まとまりがない(無計画)のが特徴

引用:子育てwin3計画 HP

自己調整(エージェント)

フレッドは、安全基地がないために、人生設計とキャリアを活発に構成することができなかった

瞬間を生きているだけで、
・将来についての関心
・欲求を抑えるコントロール
・環境が与える刺激に対する興味
・計画を改善する自信
などのアダプタビリティ資源を発達させることがなかった
キャリアの可能性には目を向けず、日常生活の中でただ傷つかないことを選択した

職業の発達課題への対処、転機や仕事上のトラブルが発生した際の典型的な反応は、問題を解決してより高いレベルに
発達する、そしてより大きな安定を得るという統合的な対処ではなかった

恐怖と不安を抱いていたので、いつも表面上だけの予防をする予防反応や、不適切な感情的処理で対処してきた
困惑しながら問題を対処するので、同じ間違いを繰り返してきた
慢性的な緊張と不安を鎮めるために社会から引きこもった
時には何事にも無関心になり、不適切で断片的な対処により、非常に辛い落胆を経験した

引用:社会福祉法人SHIP HP

自己概念化(オーサー)

アイデンティティの発達は最も重要な発達課題と考えられているが、
フレッドは、自尊心を守ることを優先しアイデンティティの発達を無視していた
その代わり、自分に不足しているものがあると認知する戦略を使って対処した
物事は放置しておけばそのうちうまくいくものであり、状況が人生の物語を進めているという信念から、
ただ成り行きに任せた

無秩序な愛着スキーマと発達課題への不適切な反応により、アイデンティティは拡散していった
職業を決めた後も「職業の方向や生き方の方向を決められない」状態だった

アイデンティティが拡散している人は、見捨てられ感と孤独感を与える母親と、距離があり孤立した父親が
存在する環境から生まれる

フレッドは、アイデンティティ拡散的な生き方に見られる典型的な特徴に苦しんでいた
 迷子感・方向性の欠如・情緒不安定・空虚感・無意味・低い自己受容・自分の居場所への不満・弱いコミットメント

これらの問題に悩まされていたにもかかわらず、最終的にはケアする付添人(介護士)としての職業人生活に表面上は適応することができたのだが、彼にとって老人ホームの意味は、「内的に欠如しているものを外的に供給する特徴的な背景」(クローガー&マーシャ)という存在だろう

自己構成コンテンツ

フレッドは、「回避性人格障害」の特徴とされる社会的抑制と不適格感を示している

対人関係を欲したが、恥をかかされ、批判され、拒絶されることへの恐怖や不安の強さが、社会的関係を回避させた
この恐怖心と不安によって生じる不快感は、いわゆる神経過敏と呼ばれ、劣等感・満たされない依存欲求、広範囲に
渡る社会的抑制などに苦しむ

<劣等感>
洗練されていない両親や欠陥の多い家庭を恥ずかしく思っていたし、社会経済的な地位の面で友達の家族とは違っている
ことを知っていた
後にそれが収入の問題だけではないことにも気づいた
学校や職場できちんとやれていないという感情によって、心配性で怖がりで神経質な性格になった

<依存欲求>
子ども時代のフレッドの情緒の安全を求める欲求にこたえた姉は、親に代わって代理の愛着を提供した(代理的愛着)が、結婚して家を離れたことで、姉から見捨てられたことから回復できなかった
頼りにできる養育的な人物への愛着を失い、教師や同世代の女性たちの中からその代用を探すようになった
安全基地を探索する動機が第一の目的だった

彼の父親は仕事の奴隷であり、家庭で力を発揮できず、指導的な立場を示すモデルになれなかった
一方母親や離れている姉から得られなかった安心感の代理を求め、女性を求め続けた

<社会的抑圧>
多くの重要な点で、社会的状況で批判されて拒絶に会うことを避けようとしていたので、人生の大部分ですくみ、身動きのできない状態のままだった

ライフレポートから、特に集団場面で控え目で自意識過剰であり、新しい人と会うような社会的状況を避ける傾向にある
更に、あまりに敏感だったため他者の動機を誤解し疑う気持ちだった

強く求めている注目やサポートを与えてくれそうな女性とつながりたいという気持ちが生じた時に、そうしてはいけないという社会的抑圧が衝突して、葛藤を経験した
社会的に無能で個人的な魅力がないこと、他者への劣等感を持っていたため、新しい関係でのリスクを恐れて消極的になる

女性パートナーへの異常な依存心と、受容して欲しいという切実な欲求が強すぎて、自然に女性と接触することは困難

ぎこちなさと劣等感は、性衝動と接触をめぐる恥の感情によって強められた
母・姉の代用への感情的欲求は、性的接触への強いおそれによって挫折し、女性との快適な関係を持つことを不可能にし、どのような関係であっても支え合う関係を悪化させた

ダイナミック・パーソナリティ検査の依存尺度の得点は、両親の代用への依存心、指導への欲求、密着する態度があることを示した

うつの症状

明らかに、ひどい劣等感、満たされない依存欲求、広範な社会的抑制によって、仕事、友情、親密などの人生課題に継続的に適応することに困難を感じた

DPIの得点は、硬直性、意欲と自信の欠如、ストレスを受けると屈服する傾向を示している

40歳の時に実施したMMPIでは、うつ・受動性・憤り・臆病な傾向があると報告している
また「不完全・性的葛藤・硬直性・自身の欠如」の特徴があると報告している
フレッドは、過度に敏感で自意識過剰・孤独・内気であるとされた
一方、家族や同じフロアの患者の間でのみ、確信をもって動くことができる
これら2つの場面では、自分自身と周囲の人たちのための特別な避難所を作り上げた
➡このような状況を維持できる限り、もっと多くのことを要求される世界に直面する必要がない

過去に対する後悔と罪悪感、現在への無力感、将来への希望の無さでいっぱいになり、毎日をできる限り精一杯生きることでこの感情に対処している

キャリア構成プロセス

思春期と青年期におけるキャリア・アダプタビリティは、探索行動を促し、適切な教育的・職業的
決定をするレディネスを維持して、将来を志望するという基盤の上に立つ

フレッドは、現在にしか関心がなく、無事に一日を過ごすことに腐心していたので、キャリアデザインに必要な計画する態度と自己決定の能力をなったく身につけていなかった。
仕事に期待せず、生き残るための手段であり、女性に出会う場所とみなしていた。
フレッドにとって仕事は、アイデンティティや個人的な意味だけでなく、経済的な見返りさえも約束されないものだった。
職業上の役割をこなしても、決して仕事や雇用主にコミットすることはなかった。

世に出て冒険するための安全基地がなかったので、キャリア探索という考えは思いつかなかった。
更に、自分自身について、最小限の知識しかなかった。
ただ一つ、自分について気に入っていたのは「敵が多くない」ことだった。

25歳ですでに成り行きに任せていたのだが、35歳になってもそのままで、明確なゴールもなく、キャリアの長期的な目的を持てなかった。

キャリア構成コンテンツ

フレッドのロールモデルは、ウィル・ロジャース(アメリカのカウボーイ、コメディアン、ユーモア作家、俳優)だった
それまでに出会ったことのない温かみのある友好的な人物で、受容されることがどんなものかを知るための目標であり、規範になった。

職業的好みを表明しなかったにも関わらず、中3、高3、25歳の3回受けた職業価値観テスト(WVT)では、職業で大切だと考えている価値観は安定しており、給料が良いこと、フレンドリーな上司、他者に受け入れられることを重視した
また中3の時、クーダー職業適性テストのプロフィールでは、文学(86%)、説得する活動(78%)、社会サービス(59%)芸術(57%)、屋外活動(56%)で、これをRIASECコードに変換すると、ESA(企業・社会・芸術)のパーソナリティタイプとなる。
このコードに学業適性と成績のレベルを考慮すると、家政婦、ウェイター、理髪師などのESR(企業・社会・現実)的な仕事に適しているように見える。
デイケアセンターの所長、リクリエーション指導者、児童施設の係員などのSEA(社会・企業・芸術)的な仕事、看護助手、ホームヘルパー、デイケアワーカー、宿泊施設係員といったSER(社会・企業・現実)的仕事も適合する
これらの仕事は、彼が29年以上も働き続けてきた老人ホームの付き添いの仕事に似ている。
フレッドの説得することへの関心は、職業的関心が自己の発達上の問題を解決することへの関心に転嫁されたものだと解釈できる。
彼の場合には、集団場面での緊張や新しい状況で人と話すのが難しいという発達上の問題を、仕事をすることで解決できるかもしれない。
社会的不安をある程度克服できる能力があったことは、組合副会長としての成功と上司から現場監督として採用されたことによって証明されている。

職業

職業選択が自己概念を実現するというスーパーの古典的見解では、通常は肯定的な自己概念を思い浮かべるが、
否定的な自己概念についても同様に考える。
自分をネガティブに評価する人は、この自己評価を、泥棒や麻薬密売人のような破壊的な職業へと転換する。

フレッドは、勇気と社会的関心のおかげで、破滅的な結果を回避できた。
介護職を「ただの尻ふきの仕事」と述べて、ネガティブな自己概念を表明したが、実際には建設的な仕事に就いた。
弱者である病人の世話をすることによって、社会に貢献することができたからである。
一方で、彼は自分や自分の仕事を好きだと言うわけではなく、老人ホームでのもっと良い仕事があることを望んでいた。
35歳の時、今の仕事の単調さ、労働条件、上司や手当、仕事量の面で嫌いだと言っていた。
その後20年間、ホームでの他の仕事に応募したが、いつも別の人に先を越されていた。
キャリアアップできないことを、不十分な訓練と知識のせいだと思っていた(サビカスは両親のせいで職業的停滞が起きたと思っている)。
彼が理想としているのは、救世主という自己概念だった。
両親が日々を心地よく過ごし、姉夫婦が特別なコミュニティの特権を享受できるような、家族の避難場所を見つけることを考えていた。
35歳の時に実施したTAT(主題統覚検査)のカード8BMでは、誤って自分を撃ってしまった人のために神が奇跡を起こすことを期待すると語った。それが彼の世界を支えているようだった。
ホームで自分が担当するフロアの患者にとってある種の救世主になったことから、深い意味で、長年にわたり理想とする自己概念の一部を実現できた。

明らかに、フレッドは職業を通じて自己概念を実現したが、それ以上のものでもあった。

フレッドの仕事は、子供の時に受動的に苦しんだことを主体的に習得することで、より全体になり、より完全な自分になることを可能にした。
子どもの時に切望していた養育を、身体の弱っている患者に与えることによって、自分の痛みの一部を癒すことを可能にした。
彼の職業的役割は、子供時代と青年期の家族ドラマにおける彼の役割を再現して、その役割を改善することを可能にした。
子どもの頃のドラマを再演するなかで、まさに家族の特徴である愛着と所属と言うテーマを強調することになった。
世話をしてくれる母親像を見つけるためのドラマとして、自分の職業ドラマを理解し解釈した。
より充実した仕事上の役割を演じることにより、子供時代に失ったものを取り戻すことができた。

かつて受動的に苦しんだことを能動的に習得し、苦悩を自分の長所に変え、自分が出会うことができなかった養育的な人物になった。

「得たものによって生計を立てるが、与えるものによって人生をつくる」 by ウィル・ロジャース

感想
両親のネグレクトを早期に発見できれば、フレッドのキャリア構成プロセスを修正できたのかという点で疑問が残る。
フレッド本人が、「12歳の時に誰かがセラピーに連れて行ってくれたらよかったのに」と思うほど、性の問題に囚われてしまったことについては、理解が及ばない。家庭内で性について話すことは現代でもなかなかないと思うし、二度の結婚生活の破綻が、自分の性に関する知識不足だと思い込む心境は難解である。

自分自身を振り返ってみると、昭和40年代の田舎での生活は、当時の常識通り、母親がのんびりしている姿を見たことはなく、常に田んぼや畑で仕事をしていて、子供の世話は祖母がしてくれていた。それでも決して愛情を感じないと言うことはなく、フレッドのように母親の注意をひくような行動をした記憶がない。
ただ、大人になってから、親離れしていないと感じることがあった。中学時代から家庭環境や容姿で劣等感を感じていたので、私自身の安全基地が不確定で不安的なものだったのだと感じてしまった。

それらがフレッドとの共通点だったとしても、エリクソンが提唱する発達段階でいくつか危機があったとしても、適切な対応をすれば、キャリア構成プロセスを修正できるという希望が持てる内容であった。

MOさん、まとめありがとうございます。次はTKさんによる4人目最後のウィリアムスです。

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