この言葉に驚いて一度投稿しました。
精神分析に必要な態度(姿勢に言い換えます)として
この態度を通してこそ、
もう少しく詳しく説明を読むと
①記憶なく:カウンセラー自身の経験や学習で蓄積された知識等の記憶をそのまま目の前にいるクライエントに結び付けて辻褄合わせしてはならない。
②欲望なく:カウンセラー自身の望みでクライエントにこうあって欲しい、こうなって欲しいと独りよがりになること。
③理解なく:カウンセラー自身の概念的(内的)枠組みにクライエントを当てはめて理解しようとすること。
これは、決してクライエントを「わかりにくい、理解したい、知りたい」ということを放棄したり、コミットを浅くしたりすることではなく、全身全霊でコミットしつつも、禁欲的な態度で臨み、まさに目の前にいるクライエントとの間で生起しつつあることに対して開かれておくことで、直感的な洞察(ひらめき:Insight)が訪れるというのである。
以上放送大学の「心理カウンセリング序説(大山泰宏)」テキストより
①の記憶なくは「無知の知」、②は「クライエントファースト」。③は「カウンセラーの押し付け」など、カウンセラーの意識すべき示唆とも符合します。またロジャーズの人間観の「人は本来的に成長していこうとするそのような場の陽気となる分発揮させる条件を整えてあげれば、それが開花し成長していくという考えがあった。」にもつながる考えだと思いました。
ただ、”Without memory, desire, or understanding” はなかなか勇気のいることだと思いませんか?
とその時思いました。
ところが最近、ネガティブケイパビリティという言葉を耳にすることが増えてきました。
VUCA(変動的:volatil、不確かさ:uncertain、複雑:complex、曖昧さ:ambiguous)な時代では、これまでの「問題を明確にし、解決する能力」方法論つまり「ポジティブケイパビリティ(positive capability)」では解決できない問題が増えてきました。不確かさや曖昧さを受け入れて浅い答えで解決を急がない能力として「ネガティブ・ケイパビリティ(negative capability)」が注目されています。
Wikiによると
なんと、イギリスの詩人キーツが、文学において偉大な仕事を達成するために重要な特質として語っていた、「ネガティブ・ケイパビリティ」という概念が死後、150年以上が経過したのちに見出して心理学の世界に取り入れたのがビオン先生だったのです。 確かに、”Without memory, desire, or understanding” の言葉の短い哲学的かつ詩的な表現の理由もわかった気がしました。
そしてこの言葉が気になった私自身が、メーカーの研究開発の世界にいる時に、教科書も参考にならない答えのない課題に身をゆだねるのを好んでいた志向性、とも合ったのだと気づかされました。
“Without memory, desire, or understanding” 深い~








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