前回、他者の認知するときに、既有の知識が大きな影響を与える例でステレオタイプを学びました。このステレオタイプによる様々な帰結の例を挙げたいと思います。
最初に「ドクター・スミス問題」を取り上げます。出典が明らかではないのでWikipediaを参照します。
以下の話を読んで、ドクター・スミスと少年との関係を答える問題です。
ドクター・スミスは、アメリカのコロラド州立病院に勤務する腕利きの外科医である。仕事中は常に冷静沈着で、大胆かつ慎重であり、難しい手術も手掛けると同時に、地元の市長からも厚い信頼を得ていた。
そのドクター・スミスが夜勤をしていたある日、コロラド州立病院の元に緊急外来の電話がかかってきた。電話の内容は以下の通りである。
少年とその父親がドライブしていたところ、父親がハンドルを誤り谷に転落。その怪我人を救急車で運び込むので、緊急手術をして欲しいとのこと。
車は大破し、父親は即死、少年は重体を負ったと緊急隊員は告げた。
その電話の20分後、重体の少年が病院に運ばれたが、その少年はドクター・スミスの息子であった。
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もしかして、こんなイメージを抱いたのではなでしょうか? 私はそうでした。

ジェンダーに関するステレオタイプから、有能な外科医であるドクター・スミスは男性だろうと無意識のうちに思い込むことを示しています。
さて、以降はまた放送大学のテキスト「社会・集団・家族心理学」を引用させていただきます。
対人認知の帰結
帰結バイアス
前回、ソロモン・アッシュの研究で、人の特徴を説明するのに「温かい」か「冷たい」のどちらかを加えると、他の共通する特徴も影響を受けその人の印象が変わることを紹介しました。
さらにケリーはより現実的な場面で検証(Kelley, 1950)しました。
ある大学の授業で開始前に今日は臨時講師に教鞭をとってもらうと伝えて、その人の経歴や人となりを紹介する文章が配られました。受講生はその文章を読んだうえで実際に授業を受けて、授業内容の評価のアンケートを取りました。その時に半数の人には、事前に渡された紹介文に「講師は非常に温かい人だ」と書かれた説明が書かれたものを渡し、残りの半数には「講師はやや冷たい人だ」と書かれたものを渡しました。
その結果、「温かい」と言う紹介文を読んだ学生は「冷たい」と言う紹介文を読んだ学生に比べて、講師はより他者に対して配慮があり、形式ばらず社交的で、人望があり、性格が穏やかで、ユーモアにあふれ、人間味がある人物と評価していました。
つまり、同じ授業を受けたのにもかかわらず、あらかじめ与えられた情報が期待として働き、確証バイアスが生じたと考えられます。その結果、温かいと紹介された人の方が、授業内のディスカションにも積極的に参加する行動に結びついたそうです。
期待としてのステレオタイプ
ステレオタイプは期待を形成し、対人認知を導く役割を持つことを示します。
ダーリーとグロス(Darley and Gross, 1983)は実験参加者に小学生の女の子に関するビデオを見せて、その子の学力を評価させる実験を行いました。
前半は少女の住まいを映しますが、2種類の内容が用意され、一つは少女が学力の低い両親のもとで育った貧しい子どもであることを、もう一つは学歴の高い両親のもとで育った裕福な家の子どもであることを、それぞれほのめかすものであった。一方後半の学力テストの場面はどの参加者も同じ内容が見せられ、少女が難しい問題に正解することもあれば簡単な問題を間違えることもある様子が撮られています。実験参加者は前半の2種類のビデオを、それぞれ見るか見ないかで4条件に割り振られました。
その結果、実験参加者の推測した少女の学力は、前半のビデオを何れも見てない場合は貧しい子どもと裕福な家の子の差が小さかったのに比べて、ビデオを見た場合は裕福な家の子の方が貧しい子どもに比べ高い結果となりました。
つまり、社会経済的地位の高い裕福な家庭環境の子どもは学力が高く、地位の低い貧しい改定環境の子どもは学力が低いというステレオタイプがあると思われます。
これは、実験参加者の既有知識に基づいて何らかの期待を持つと、それに一種の仮説とし、その仮説に合致する証拠に注意を向けた結果と考えられます。このような仮説の検証において、確証バイアスが働き、仮説にすぎない内容が確固たる事実と誤認識される危険性を示していると言えます。
つまりステレオタイプが維持されるのが、事実ばかりでなく、確証バイアスの拠るところが大きいと考えられます。
自己成就的予言
次は対人場面において、ステレオタイプが与える確証バイアスにより自己成就する可能性を示します。スナイダ―(Snyder, Tank, and Bersceid, 1977)は、
男女の実験参加者をペアにして、電話で会話させるという実験を行ないました。その際に、男性には魅力的な女性の写真、もしくはあまり魅力的ではない女性の写真を手渡しました。女性側は相手が自分の写真(実際には偽の写真)を三重居ることは知りません。二人の会話は録音され、第三者により評価が行われました。
その結果、男性が魅力的な女性と信じている場合の方が、相手の女性はより友好的で、社交的で、好ましい会話をしていたことが明らかになりました。つまり一方が、相手は魅力的な人だと信じることで、その相手は実際に魅力的に振舞ったようになったのです。
未来の出来事は「こうなるだろう」とか「こうなるに違いない」と言ったある種の予言をしていると、当初それは真実ではなくとも、予言した人の変化を通じて現実化してしまうことがあり、これを自己成就予言と言います。
もちろん、この実験で魅力的な女性と会話すると信じた男性は、より相手がここち良く感じるやり方で会話を進め、結果的に、相手の女性の魅力を引き出すことに成功したのだとも考えられます。
ステレオタイプ脅威
前の自己成就的予言は肯定的な現実化の例ですが、否定的なものもあります。否定的なステレオタイプが付与された集団の成員は、それを認識し、本来合致しない性質であっても、それが発揮されず、自分の行動が、そのステレオタイプを確証することを恐れることがあります。
例えば、女性には「数学の能力が低い」と言うステレオタイプが付与されることがありますが、実際に成績に差がみられなかったのに「成績には性差がある」と説明された後で女性の得点が男性より低くなった結果が見らたそうです。
これは女性の実験参加者が「もし自分の成績が悪ければ、女性は数学が出来ないというステレオタイプを確証することになってしまう」という懸念を持ち、いつもより気負ったことが課題の進行を妨げたと考えられます。
対人認知においてステレオタイプとはヒューリスティック同様に、脳の情報処理の省エネに役立つメカニズムではないかと思いました。ただそれが知らぬ間に働いているのに気づかずにいると誤認識となり、自分を苦しめる場合もあると思いました。








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