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旅の答えへ(終)

5.自己制御

1.自己の姿への着目」の客体的自覚理論のところで述べたように、自覚状態において人は自分の理想や社会規範に対して自分の行動を一致させようと認知や感情の変容あるいは行動の調整がなされます。このように、現在の状況を評価し、望ましい規準(目標)に向かって自分の認知、感情、行動を調整することを自己制御といいます。その制御へ向けての様々なアプローチの視点を挙げます。

(1)制御焦点理論

 制御焦点理論(Higgins, 1997)によれば、 自己制御システムには報酬の存在に接近し報酬の不在を回避しようとする促進焦点と、罰の不在に接近しの存在を回避しようとする予防焦点の2つがあり、そのどちらの焦点が優勢であるかによって、動機づけや行動制御の仕方が変わります。すなわち、促進焦点が優勢のときには、報酬に敏感になるため、理想や希望を追求しようという動機づけが高まり、多少のリスクをおかしても、積極的にそれらを追求しようとします。一方、予防焦点が優勢なときには、罰に敏感になるため、リスクを避け、義務や責任を全うしようとします。2つの自己制御システムは、状況によって使い分けられるものですが、どちらが優勢になりやすいかには個人差もあります。 自己制御は、プラスの状態に向かって行われることが多く(例:人のためになるようなことをする、試験でよい点数をとる)、またマイナスの状態を回避(例:他者に迷惑をかけない、落第をしない)するために行われます。

(2)現状維持バイアス

 自己制御の中に、現状維持バイアス(Status Quo Bias)があります。変化を避け現在の状況を維持しようとする心理的な傾向で、もし現在の状況で満たされていなくとも、「このままでいいか」と無意識に現状を選択する心理的な片寄りを指します。人は今までと異なる変化に身を置くことに漠然とした不安を感じ、結果的に新しい行動を取ることを避けるからです。場合によると、新しい行動妨げる非合理的な判断となることがあります。

その理由は詳しくは、

  1. リスク回避変化にはリスクが伴うため、回避することで現状を維持することで安心感を得ようとします。
  2. エネルギー節約新しい選択肢を考えることはエネルギー損失が発生するため、脳の情報処理システムはできるだけ省エネを実現するため、現状のままの変化なしを選びます。
  3. 損失回避:人は得をすることよりも損をしないこと優先する傾向によるもので、変化による損失の恐れから行動を避けます。

が考えられます。❶と❸は罰の存在を回避しようとする予防焦点と通じるものがあります。

非合理的判断を克服するための方略は、

  1. 意識的な選択:自分が現状維持バイアスの影響下にあることを認識し、自律的に新しい選択肢を選べるようにします。
  2. スモールステップ:大きな変化に抵抗がある場合ば、小さな変化から始めることで、ひとつづつ進むことが出来ます。
  3. 情報収集: 新しい選択肢についての情報を得ることで、選択した未来を知り、変化への不安を和らげる方法です。

などです。

(3)自己制御の逆説的効果

 自己制御では、望ましい規準に向かって自己の行動が調整されます。しかしそのプロセスがかえって、意図している方向とは逆の結果を引き起こしてしまう例をここでも示します。アメリカの心理学者であるダニエル・ウェグナーは、皮肉過程理論を提唱し、シロクマ実験と称される実験において、参加者に「シロクマについて考えないでください」と教示したところ、それを意識的に制御できる場面ではうまく思考を抑制することができたものの、その制御が解かれた途端に、むしろシロクマのことが通常以上に思考に上りやすくなってしますことを示しました(Wegner, Schneider, Carter, and White,1987)。このような逆説的効果は思考抑制のリバウンド効果と呼ばれています。思考を抑制するためには、それを監視(モニタリング)する過程が必要ですが、この過程が働き続けることによって、むしろ抑制しようとする思考内容に敏感になってしまうために、リバウンドが生じるのだと考えられています。

(4)自己制御の認知資源

バウマイスターら(Baumeister, Bratslavsky, Muraven, and Tice, 1998)によれば、自己制御の内容がどのようなものであれ、費やされる認知資源は同一です。またその資源は無限にあるわけではないので、 特定の目標の達成のために資源を使いすぎると底をつき、他の目標達成のために資源を割けなくなってしまいます。これを自我枯渇といいます。自己制御のための認知資源はしばらくすれば回復しますが、それまでの間は資源不足のために自己制御がうまく行えない。たとえば、おいしそうなチョコレートを食べるのを我慢させて、代わりにラディッシュを食べさせた実験参加者は、その後に行った難しいパズルの回答をあきらめるまでの時間が早かったそうです(Baumeister, Bratslavsky, Muraven, & Tice, 1998)。

私は認知資源の枯渇で連想するのは、「入門組織開発 中村和彦」で指摘された日本の組織の現代課題の一つの利益偏重主義をもたらす「認知ケチ」です。日本企業では利益や売上などの数値目標が重視され、会議や業務が数値中心のコミュニケーションに陥っています。数値達成のためのトップダウン指示が一般化し、上司は数値の報告を求め、部下は数値の達成を義務とする毎日。このような数値だけのやり取りでは、上司が部下の信頼を失い、非人間的な関係が生まれ、エンゲージメント低下やメンタル不調を引き起こします。上司が目標の意味や達成プロセスの「ストーリー」を語らない理由は、認知的エネルギーを割くのを嫌う認知ケチ」だからです。この風土は、経営層が経済的価値のみを追求した結果として、中間管理職にまで波及しています。

後記

ここまで着ました。短いようで長い旅でした。自分の心の動きや他者との関係の距離の取り方の仕組みなど腑に落ちる所がありました。ただ「自己過程」を一周してみて、すべてが完結したような達成感は無いです。特に最後の自己制御のあたりのパスは稜線の一部をショートカットしたコースのような感もあります。辿った稜線の脇にまだ別な尾根が心の霧で隠れていた気がします。まだ自己過程の循環の入門コースを軽く一巡しただけかも知れません。でも今回の「社会・集団・家族心理学」のテキストはきっかけとしては十二分でした。ここまで読んで頂いた方と、また次の登山計画にご一緒いただければ嬉しいです。また何かご示唆もいただければ幸いです。

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