本サイトのテーマである「自分探しの旅」の「自分」について考える機会がありました。心理学コースで修得中の「社会・集団・家族心理学」の授業の中で、自己を「自己過程」というプロセスとしてとらえる視点が面白くなり、単位取得とか関係なく一気に読むことが出来ました。旅の答えへ向けてのヒントになる気がしたので自分の視点を交えてまとめてみました。
その前に、Copilotに自分と自己の違いを聴くと、「自分」は主に一人称として使われる言葉で、話し手自身を指すのに対し、「自己」はより客観的に自分を見つめる際に使われる言葉です。と答えてくれました。
つまり、既に今ここで語る自分を客観的に見ることが、自己につながるようです。すでにここで自己過程のプロセスが動いているのが実感できます。
ここから、その自己プロセスをたどる身近な旅に出かけたいと思います。その旅の行程を示す地図としてテキストに掲載された「プロセスとしての自己(中村陽吉1990)」に加筆した図をお示しします。(注:自己制御の部分は私が追記しました。)

このように、自分が自分自身に目を向けるところから始まり、「自己の姿に注目」➜「自己の姿を把握」➜「自己の姿を評価」➜「自己の姿を表出」、そして「自己制御」といった循環プロセスが自己過程です。このプロセスは再帰的に自己に影響を与え、それにより自己が変容していきます。この変容をキャリアの視点でとらえたときに「自己概念の成長」と呼んでいるのかもしれません。
なお、旅のお供は、放送大学心理コースの「社会・集団・家族心理学」のテキストに加えて、日本キャリア開発協会の「キャリアカウンセリングとは何か(改訂版)」、「サビカスキャリア構成理論 四つの物語で学ぶキャリアの形成と発達」と「サビカス キャリアカウンセリング理論」(福村出版)「、TRP(地域連携プラットフォーム)資料集、光文社新書「入門組織開発 中村和彦」や Wikipedia 等を携えて行きたいと思います。またこのオレンジのアナウンス枠あるいは吹き出しで表わしている分は、ゴロワーズの独善的意見です。軽く聞き流してください。では、ご一緒に”Bon voyage”!
1.自己の姿への着目
自覚状態
アメリカの心理学者のウイリアム・ジェームズは、「私が何かを考えているときでも、私はそれと同時にいつも私自身、私の人格的存在を多少とも自覚している。また同時にそれを自覚しているのも私である」と二つの側面があり、下記の様に自己の二重性を指摘しました。
「知るものとしての自己」 self as a knower 主我(i)
「知られるものとしての自己」 self as a known 客我(me)
この客我の状態、私たちの注意が外部ではなくて、自分自身に向けられている状態を客体的自覚もしくは自覚状態と呼びます。鏡に映った自分を見たり、カメラを向けられたり。集団の中で少数派になったりしたときには、この状態になります。
ところで、私(ゴロワーズ)は、
ルネ・デカルトの有名な命題「我思う、故に我在り」は
「我思う(主我)」Cogito 「故に」ergo 「我在り(客我)」sum (羅)
「我思う(主我)」I think 「故に」therefore 「我在り(客我)」I am (英)
と
ブレーズ・パスカルの『パンセ』で述べた「人間は考える葦である」も、
L’homme n’est qu’un roseau
から、

さらに「社会・集団・家族心理学」のテキストには、怖い話が紹介されています。
客体的自覚理論(Duval & Wickland, 1972)では、この自覚状態において、現在の状況に関連した正しさの規準(自分の理想や社会規範など)と、現実の自己との比較が行われ、規準に到達していない(乖離)と判断された場合には、自己への注意を回避するか、基準に合わせるべく行動を調整して、不一致を低減させようとするとしています。この行動調整すなわち自己制御は、旅の答え(終)で詳しく触れます。

具体例を一部抜粋します。
つまり前者の実験では、鏡により客体的自覚状態となり、「他者(女性)に優しい自分」といった自己の理想の姿が意識化され、電気ショックを弱める調整的行動(向社会的行動)を取ったと見ることが出来ます。一方、後者の実験では、フードによる没個性化により不都合な客体的自覚状態を回避することが出来たために、電気ショックを長めるような反社会的行動をとったと考えられます。
人間とは…
自己意識特性
このように外部ではなくて自分自身に注意が向く様相を自己意識と呼びます。その程度には、個人差があり、また注意が向く側面により、二つにわけられます。自分の容姿や振舞いなど、他者から見られている自己の外的側面に注意が向きやすい傾向を公的自己意識、一方、自分の感情、考え、態度など他者が直接的にうかがい知ることができない自己の内的な側面に注意が向きやすい傾向が私的自己意識です。これらの個人差(自己意識特性)を測定するために、よく用いられる自己は、これら二つのほかに他者の存在によって動揺する程度を表す対人不安という下位因子から構成されます。公的自己意識の高い人は、他者からの評価を気にしやすく、 社会的な規準に沿って行動をする傾向があるのに対し、私的自己意識が高い人は自身の規準に沿って行動をするため、態度と行動の一貫性が高いと言われています。


大きな鏡は公的自己意識を高めやすく、小さな鏡は詩的自己意識を高めやすいそうです。
2.自己の姿の把握
自己概念
自己概念とは、端的に言えば「私はこのような人間である」という自分に関する知識の集積、あるいは自己定義と言えます。自らの自己概念を確かめる方法として、Kuhn& McPartland(1954)が開発した20答法(Twenty Statements Test)あるいはWho am I?テストという技法があります。


個人的アイデンティティと社会的アイデンティティ
自己概念は、大きく分けると二つの側面があります。
一つ目は、「私は明るい」「私はピアノが弾ける」など、独自の特性(性格や能力など)から、自分という個人を捉える個人的アイデンティティはです。
二つ目は、「私は日本人である」「私は〇〇会社の社員である」など、 ある社会集団 (社会的カテゴリー) の一員として、 自己を捉える社会的アイデンティティです。こちらは関係性や他者との比較を通して行われることが多く、人が社会環境 (他者の存在)によって影響を受ける存在で、かつ環境からの一方的な影響ではなく、その環境を人がどのように認識するかということに依存しています。


またここで大切なところですが、我々が良く使う社会という言葉は、社会心理学の定義(本テキスト第1章)から
- 他者が存在する環境と同義であり、仮にたった一人の他者であったとしても、その存在が私たちに何らかの影響を与えるのであれば、それは社会として社会心理学が取り上げるべき事象である。
- 他者が、現実に目の前に存在している必要がないという事である。私たちの心や行動は他者が目の前にいる、いないに関わらず、様々な形で他者の存在に影響されている。
- 着目すべきは、集団心理や集合行動と言ったものではなく、ひとりひとりの人間が持つ心の仕組みや働きである。
上記の1‐3の考えは、ヴィゴツキーの「個人が社会活動することによって自己心理の中にコンテンツと呼ばれるものを生み出します。その、コンテンツとは、元来、社会の中に存在していた素材です」の社会構成主義に立脚したものと言えます。
そしてそれは、ブロフェンブレナーの生態学的システムモデル(下図:放送大学テキスト発達心理学より)のように、外縁では時間軸に厚みを持った社会歴史的条件や個人のライフイベントで型どられた心理的世界と見ることが出来ます。


作業的自己概念と自己ステレオタイプ化
作動的自己概念:実は人が自分をどのように捉えるかは、状況に応じてダイナミックに変化します。自己には様々な側面があり、それぞれの側面が私たちの思考や感情、行動に影響を与えます。その瞬間、その瞬間に自己のどの側面が影響を与えるかは、 その時に自己に関するどのような知識がアクセスしやすいかに左右されます。その瞬間、優勢になっている自己の知識が作動的自己概念です。
判りやすい例として、日本国内で、集まっている人の多くは日本人である場合、「私は日本人です」と自己紹介をする人はいないと思います。しかしこれが外国、たとえばアメリカでのことであれば、「日本人」であることは、その人を特徴づける社会的カテゴリーとして十分に機能して「私は日本人です」と自己紹介を始める事は十分にありえます。
自己ステレオタイプ化:また、ある社会的カテゴリーで自分を定義づける場合、そのカテゴリーに一般的とされる特徴を、自分が持っていると強く認識することになります。たとえば、外国で「私は日本人です」と自己紹介をするとき、日本人を特徴づけるような属性を自分が多く持っていることを自覚します。これを自分自身にステレオタイプを当てはめるという意味で、 自己ステレオタイプ化といいます。
関係的自己
自己概念は、状況によって変わるだけでなく、他者との関係性によっても変動します。特に過去および現在において、 自分に対して重要な影響を与えてきた他者(両親・兄弟姉妹・親友・配偶者・現在もしくは過去の恋人など)は重要他者と呼ばれ、自己概念の一部を構成し、関係的自己といいます(Andersen, Chen, 2002)。たとえば、母親があなたを努力家だと認識している(とあなたが信じている)場合は、母親の前では、努力家の自分を見せようとするかもしれません。重要他者は自己概念の一部を構成しているため、ふつうは自己に対して見られるはずの認知の歪み(バイアス)が、重要他者に対しても見られることがあります。たとえば、セルフ・サービング・バイアスは自己に特有な認知バイアスですが、重要他者に対しては、自己に対してと同じように、成功は内的要因に、失敗は外的要因に帰属されることがあります。これは重要他者が拡大した自己として機能しているためだと考えられます。日本語の “身内”ということばはまさに、「重要他者が自分自身の身の一部であることを表しています。」
セルフ・サービング・バイアスは自己奉仕バイアスとも呼ばれ、良い出来事は自分の内的特性に、悪い出来事は外的状況に原因を求める心理的傾向のこと、です。
自己スキーマと自己関連づけ効果
自己スキーマ:自己概念には、自己に関する様々な知識が含まれ、全体としてネッ トワーク構造を成し、 体制化されたかたちで記憶内に保存されていると考えらます。これを自己スキーマといい、マーカス(Markus, 1977)によれば、自己スキーマとは「過去の経験から作り出された自己についての認知的な概括」であり、「個人の社会的経験においては自己に関連した情報の処理を体制化し、導くもの」です。そのため、 自己スキーマの中核をなす情報が入力された場合には、効率的な情報処理がなされます。
自己関連づけ効果:自己スキーマと関連した興味深い現象に、自己関連づけ効果があります。一般に記憶は、 記憶課題を自己に関連づけて行う場合、その記憶成績は一段と向上し、これを自己関連づけ効果と言います。 ロジャースらは、実験参加者に40個の特性形容詞を順に見せ、そのうち10個については形態判断(フォントが大きいか小さいか判断する)、10個については音韻判断(韻を踏んでいるかを判断)、 10個については意味的判断(類義語であるかを判断)、10個については自己関連性判断(それが自分にあてはまる特性であるかを判断)をさせた結果、 自己関連性判断では、一般的にはもっとも再生率が高いといわれる意味判断よりもさらに高い記憶成績が見られました。これは自己関連性判断が、意味判断以上に深い情報処理を促していたことを示唆しています。


以上が自己概念です。









コメント