4.自己の姿の表出

自己の姿の表出には自己開示「自己のありのままの姿を表出する」と自己呈示「本来とは異なる自己の姿を表出する」のふたつがある。
自己開示
続いて、自己の姿を表出する段階を見ていきましょう。私たちは、自分の経験や人となり、いま考えていることや感じていることなど、自己に関するさまざまな情報を他者に伝えています。その中には、特に見返りを期待することもなく、自分のことをありのままに相手に打ち明けようとするものがあります。そのような行為を自己開示といいます。
自己開示の機能
“A social-psychological analysis of self-disclosure in psychotherapy.”の中で、自己開示には、次の5つの機能があることが指摘されています。(Derlega, V. J., Margulis, S. T., & Winstead, B. A. , 1987)。
- 感情の表出(expression)
自分が考えていること、感じていることを他者に話すことは、それ自体がカタルシスをもたらします。 ジュラードは、精神的健康を維持していくためには自己開示は必要不可欠だとしています(Jourard, 1971)。特に外傷的な出来事を経験したあとは、それを他者に開示した人のほうが、身体的症状の訴えが少ない(Pennebaker, & O’Heeron, 1984)。 - 自己の明確化(self-clarification)
自己開示をすることは、自らの考えや感情が明確化し、自分に対する理解が深まるといった効果かあることも知られています。自己開示には開示する相手が存在するため、他者を意識することによって、自覚状態を経験します。そのため、曖味な自己を嫌い、自己の態度が明確化されます。 - 社会的妥当性(social validation)
他者に対面で自己開示を行うとき、多くの場合、 相手から開示内容に対して、何らかのフィー ドバックを受けます。それにより、自らの考えや感情の妥当性を客観的に評価することができます。 - 関係性の発展(relationship development)
ここまでに示した機能は自己開示をする側の効用でしたが、自己開示は開示の対象に選ばれた相手にも効用をもたらします。なぜなら開示相手に選ばれた者は、自分が開示者にとって特別な存在であること、好意や信頼の対象であることが暗に示されるからです。そのため、自己開示を受けた者には、自分も自己開示をすることで、それに応えるといった返報性が見られるます。これにより二者間の関係性が発展していきます。 - 社会的コントロール( social control)
たとえば、相手に開示する内容を調節したり、開示をする相手を調節する(親密になりたい相手に選択的に自己開示をするなど)といったことが行われます。ただし、このようなタイプの自己開示は、あとから説明する自己呈示との区別が難しいです。
また組織開発という分野でも、自己開示が活かされる例がありましたので紹介します。

ある事業所において、事務担当者Bさんから事務担当のCさんに「上から命令するように書類作成を事務的に依頼しています」、そのためCさんが「書類のミスがあると営業担当者Bから叱責されるのではと萎縮しています」という問題がありました。しかしBさんは「そのことにこれまで気づいていなかった」、また事業所の所長も気づいでいないという、沈んだ雰囲気の職場環境でした。そんな事業所の風土改善の依頼を受けたOD(組織開発)エージェントのAさんは、全員のインタビューをもとに開いたフィードバック・ミーティングで、各人の思いを自己開示してもらういました。それを通して、普段会話することなかった、二人で、Bさんが気づいていなかった盲点の窓①とCさんが蓋をしていた隠された窓②が開放され、お互いの理解が深まり、問題点が共有されていきました。その2人の心の過程をジョハリの窓で表わしています。
自己開示の返報性
前述のジョハリの窓のように、ODエージェントを介さなくとも自己開示が進むことは日常で経験があると思います。自己開示の返報性(互恵性)とは、他者から何らかの恩義、恩恵を受けたら、そのお返しをしなければならないという、 暗黙の社会規範のことです。社会的動物である人間が他者との関係を持続させるには、 互いの損益にバランスがとれている必要があります。例えば、飛行機や電車で偶然、隣に乗り合わせた人が、自分の故郷や家族の話をしてきたとき、思わず自分もそれに応じ、同じように故郷や家族の話をしたことはないでしょうか。このようにして自己開示が繰り返されると、相手に理解されているという感覚とともに、相手についてもよく理解しているという感覚が得られるため、 両者の関係は親密化していきます。そして、このような関係性の進展は、更なる自己開示を促します。 自己開示の返報性は、単に自己開示には自己開示で応えるというだけでなく、自己開示の広さ(範囲)や深さ(程度)にも釣り合いがとられます。

そして関係性の進展に伴って、徐々に広く、深くなっていきます。関係初期に行われる自己開示は、その内容、程度ともに他愛もないものとなるのが一般的です。こうした暗黙の規範に反して、会って間もない他者に、いきなりごく個人的な悩み話を打ち明けると、打ち明けられた側は、返報性によって同程度に個人的な話をすることを無理に求められているように感じられるため、それを嫌って、むしろ関係性が断ち切られることもあります。
人間関係の機微が描かれている気がします。
自己呈示
自己開示は自己のありのままの姿を他者に表出する行為ですが、私たちは、常に他者に対して真の自己の姿を示しているわけではないです。また、ジェームスが「厳密に言えば、一人の人は、彼を認め彼のイメーシを心に抱いている個人の数と同数の社会的自我を持っている」と述べているように(James, 1892 )、私たちが日々、 相互作用する相手は、 私たちに対して、異なる姿をイメージしています。 それはとりもなおさず、私たち自身が、相手や状況に応じて異なる自己を表出しているからです。相手が自分に対してある特定の印象を抱くように、本来とは異なる自分の姿を伝えることを自己呈示といいます (Goffman, 1959)。私たちが自己呈示を行うのは、そういった自己の表出により、自分にとって有利な状況をつくりだそうとするためです。ただし、相手に形成させようとする印象は必すしも肯定的なものではなく、恐ろしい人、かわいそうな人など、あえて否定的な印象を相手に抱かせることで有利な状況をつくろうとすることもあります。
( 1 )自己呈示の方略
ジョーンズ・ピッツマン(Jones and Pittman, 1982)は、
①特定の他者からどのような印象で見られようと欲するのか(求めれる帰属)
②その試みが失敗したとき、どのような印象で見られる恐れがあるのか (失敗した場合の帰属)
③どのよう な感情を相手に生じさせれば目的が成されるのか(相手に喚起される感情)
④具体的にどのような行動かあるのか(典型的な行為)
という側面から、自己呈示の方略(行動)を次の5つに分類しています。
(a)取り入り
相手から好意的に見られることを目的とする方略で、意見の同調をしたり、お世辞を言ったりするのが典型的な行為です。好意は他者に対して影響力を持っための重要な規定因の一つです。
(b)自己宣伝
自己宣伝は、自分が能力のある人間だと見られることを目的として行われる自己呈示です。自分にはこんな業績があるとか、自分はこんなことができると主張するのが典型的な行為です。
(c)示範
自分は道徳的に価値がある立派な人間であるという印象を他者に与えようとする自己呈示です。自己犠牲的に他者の援助を行うなどが典型的なものであり、,なかには内在化された価値観によって、何の見返りもなくそうした努力をする人もいるが、そのような例は稀だといいます。
(d)威嚇
迫したり、攻撃的に振舞ったりすることで相手に恐怖心を抱かせるものである。危険な人物だという印象を与えることで、自分の要求を飲ませたり、自分にとって都合よくことが運べるようにします。
(e)哀願
威嚇と同様に、否定的な印象を相手に与えることを目的とした自己呈示です。この場合、自分が弱い存在であることや、能力がない人間であるという印象を相手に与えることによって、相手から慰めや援助を引き出すことができるが、それにより自尊感情が低下してしまうこともあります。
自己呈示方略の分類(Jones and Pittman, 1982)
| 自己呈示の戦術 | ①求められる帰属 | ②失敗した場合の帰属 | ③相手に喚起される感情 | ④典型的な行為 |
| 取り入り | 好感がもてる | 追従者、卑屈・同調者 | 好意 | 自己描写・意見同調親切な行為・お世辞 |
| 自己宣伝 | 能力ある | 自惚れた不誠実 | 尊敬 | 業績の主張業績の説明 |
| 示範 | 価値ある立派な | 偽善者、信心ぶった | 罪悪感・恥 | 自己否定・援助献身的努力 |
| 威嚇 | 危険な | うるさい・推能・迫力なし | 恐怖 | 脅し・怒り |
| 哀願 | かわいそう、不幸 | なまけ者、要求者 | 養育・介護 | 自己非難、援助の懇願 |
( 2 )自己呈示の機能
自己呈示には、次の3つの機能があります(Leary and Kowalski, 1990)。
- 社会関係における報酬の獲得と損失の回避です。これは、上司に取り入ることで好感をもたれ、昇進が早まるといった例が挙げられます。
- 自尊感情の維持・高揚です。たとえば、自己宣伝をすることで周囲から能力があると思われれば、尊敬され、自尊感情が向上します。
- 望ましいアイデンティティの確立です。当初は、望ましいイメージの演出のために、本来の姿ではない自己を表出していたとしても、それが次第に自分のアイデンティティになっていくことがある。この点については、後ほど自己呈示の内在化の所で詳述します。
以上のように自己呈示は、成功すれば様々な利益が得られるますが、本来の自分を表出するのではない以上、常に失敗の危険性があります。
( 3 )セルフ・ハンディキャッピング
重要な試験の前日に友人と遅くまで遊んで勉強をしなかったり、試験当日の朝、(実際には十分な勉強をしていたとしても)「昨日はまったく勉強をしなかった」と吹聴したりしたことはないでしょうか。このような行為も、広義では自己呈示の一種と考えられています。失敗が予期される事態で自己の印象が否定的になることがないように、自己の表出を操作しているからです。自らにハンディキャップ(不利な条件)を課すという意味で、セルフ・ハンディキャッピングと呼ばれています。こまでに紹介してきた呈示が、相手に特定のイメージを与えられるように積極的に働きかけるものであったのに対し、セルフ・ハンディキャッピングは、相手に特定のイメージを抱かせないように行為する消極的な自己呈示といえます(防衛的な自己呈示といわれます)。 セルフ・ハンディキャッピングは、単にことばだけで主張するに留めるか(主張的セルフ・ハンディキャッピング)、実際にハンディキャップとなる状況を作り出すか(獲得的セルフ・ハンディキャッピング)によって区別することができます。試験当日に「勉強をしなかった」と吹聴するのが主張的、友人と遊んでいて実際に勉強しなかったのが獲得的セルフ・ハンディキャッピングです。なお、他の自己呈示と同様に、セルフ・ハンディキャッピングにも、自己呈示が失敗した場合には様々な弊害が生じます。いつも主張的なセルフ・ハンディキャッピングをする人は次第に信用されなくなるし、獲得的なセルフ・ハンディキャッピングを繰り返し、努力を怠っていると成長が阻害されてしまうからです。したがって、セルフ・ハンディキャッピングは、一時的には自尊感情を維持・高揚する機能を持っとしても、長い目で見れば望ましい自己表出の方法とはいえないです。
(4)自己呈示の内在化
既述のように、自己呈示は、ふつう、 他者が自己に対して抱く印象を操作することを目的として行うものです。 しかし、 他者に対して本来とは異なる自己を表出するなかで、次第に本来の自己がその表出された自己に一致する方向に変容していくことがあります。これを自己呈示の内在化といいます。たとえば、もともとは外向的ではなかった人が、他者に対して外向的に見えるように意図的に振る舞っているうちに、次第に外向的な人物に変わっていくというのがこれにあたります。
内在化は、自己呈示が公的に行われるほど、すなわち多くの人を相手に、匿名でない状況下で明示的に行われるほど、起こりやすいとされています。自己呈示の内在化はまた、自己知覚理論(Bem, 1972 )によっても説明されます。人は部分的には、他者に対するのと同じように自分に対しても、外に表出される行動やそのときの周辺環境の観察から、当人の内的状態について推論していると考えられます。そのため、外向的に振る舞う自己の姿を繰り返し観察することは、 自分を外向的な人物だと認識することにつながります。私たちは、普段、行動はその人の内的な属性(すなわち、心)に基づいて生じるものと考えています(心→行動)。しかし自己呈示の内在化は、この因果関係が逆転する場合があることを示しています。すなわち、外に表出された行動に基づいて、私たちの内面が変化するということです(行動→心)。このような事実から、ウィルソンは「自分を変えたければ、 まずは望ましい自分をイメージし、その人物になったつもりで他者に振る舞うことが肝要だ」と主張しています(Wilson, 2002)。
自己呈示は外向けの仮面、ペルソナに近い気がしました。ただ外面も繰り返すことで内面(内的フレーム)に影響する良い点もある気がします。









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