カウンセリングの出だしは、目の前の相談者にまなざしを向けながら「もう少し詳しくお聞かせいただけますか?」と語りかけ、糸の絡んで放り出していた手芸を、穏やかな時間で一緒に解き始めるような始まりかと思います。
このカウンセリングの中で、世界中で参考にされているロジャーズの基本的態度「自己一致」「受容的態度」「共感的理解」の中で「自己一致」が最も難しいと言われています。
今日は、もう少し詳しく「自己一致」を考えてみたいと思います。きっかけになったのは、ヒギンズ(Edward Tory Higgins)の自己一致理論の論文が、Wikipediaに上梓されていること知ったところからです。そこには、詳しく不一致の比較対象となる「自己」の領域(Domain)と立場(Standpoint)が記され、その組み合わせにより起こる感情の違いも幾つか説明されていました。
つまり「自己一致」は一つではないがために、理解が難しかったのかもしれないと気づきました。
ロジャーズの不一致
先ずは、ロジャーズが “The Necessary and Suffcient Conditions of Therapeutic Personality Change”(Journal of Consulting Psychology Vol. 21, No. 2, 1957) で、提唱した6つの条件から復習しましょう。
このあと実はロジャーズは、”No other conditions are necessary. ” 「他の条件は必要ありません。」と言い切ります。ここに彼の長年の臨床経験で培われた自信と決意が読み取れます。ただただ尊敬です。
心理学の世界ではあまり図式で表わすことは少ないです。そのため、多くのキャリアカウンセリングの説明資料や解説本では、著者の方が想像補う形で下記の様に描いています。

ロジャーズの自己一致・不一致も次の図のような説明がされていると思います。この論文では、「大学の試験に対して彼の自己像と能力不足ではないかと言う不一致から、彼の意識の中で試験の三階へ登る事の身体的恐怖と感ずる」と「良い母であるべきとの自己像に対して、一人息子が家出をする度に本当は手放したくない思いの不一致から具合の悪くなってしまう」の2つのケースを挙げています。

このロジャーズの2つのケースは、理想の自己像と現実との経験に映る現実の自己との不一致と思われます。しかし例えば、会社員が周りから期待される自己像と自分が思う理想の自己像との不一致のように、もう少し違ったケースもあるのではという疑問はありました。何か整理するための視点があるのではと思っていました。
そこで、ヒギンズ(Edward Tory Higgins)の自己一致理論の登場です。
ヒギンズ(Edward Tory Higgins)の自己一致理論
二つの大きな視点を与えてくれています。
二つの視点
Domains of the self 自己の領域
自己の領域を3つ挙げました。
Actual:実際の(自己)
実際の自己とは、自分が実際に持っていると信じている特性、または他人が自分はその特性を持っていると信じていると考える特性の表現のことです。「実際の自己」は、人の基本的な自己概念です。それは、自分自身の特性(知性、運動能力、魅力など)に対する自己認識です。
Ideal:理想(自己)
理想自己とは、ある人(自分自身または他人)が理想的に持ってほしいと考える特性の表現のことです(つまり、その人に対する希望、抱負、または願望の表現です)。「理想自己」は通常、個人が変化し、向上し、達成する動機となります。 理想自己調整システムは、愛が与えられたか取り去られたかのような、肯定的な結果の有無に焦点を当てます。
Ought:すべきこと、あるべき(自己)
「すべきこと(ought)」とは、誰か(自分自身または他者)が自分が持つべきだと信じる属性の表象、つまり自分の義務、責任、あるいは責務に対する感覚の表象のことです。すべきことに関する自己調整システムは、否定的な結果の有無(例えば、批判が行われるか控えられるか)に焦点を当てます。
上の3つを区別する例として、Hardin & Lankin (2009)は富の例を挙げています。ある人はいつか理想的には裕福でありたいと思うかもしれませんが、裕福であることに対して義務や道徳的責任を感じることはありません。したがって「裕福である」はその人の理想的自己(Ideal)を表すものであり、あるべき自己(ought)ではありません。また実際の自己(Actual)は、現在の社会経済的地位をどのように認識しているかによって決まります。
Standpoints of the self 自己の立場
自己不一致理論では、「自己」が認識される二つの異なる観点(または視点)を提唱します。自己に関する観点は、「一連の態度や価値観を反映する評価の視点」と定義されます。
Own:個人の個人的な立場。
Other:重要な関係者の視点。
親、兄弟姉妹、配偶者、友人などもありますが、ここでの「他者」とは、自分がその重要な関係者の視点をどう認識しているかということです。
実際の自己に焦点を当てた理論を除いて、従来の自己に関する理論は、異なる立場から見た自己の異なる領域を体系的に考慮していませんでした。自己の特定の領域が互いに対立する場合、個人は特定の感情的影響を経験します。例えば、自分が理想的に持ちたいと考える属性に関する信念と、母親のような重要な他者が理想的に持ってほしいと考える属性に関する信念との間の不一致も存在します。
Discrepancies 不一致
不一致は、二つの主要な種類の否定的な生理現象を生み出します。一つは、ポジティブな結果が得られないことで、落胆に関連する感情と関連しています。もう一つは、ネガティブな結果が存在することで、動揺に関連する感情と関連しています。
| Actual 現実 | Ideal 理想 | Ought あるべき | |
| Own 自分の | Self-Concept 自己概念 | Self-Guide 自己調整 | Self-Guide 自己調整 |
| Other 他者の | Self-Concept 自己概念 | Self-Guide 自己調整 | Self-Guide 自己調整 |
Self-concept 自己概念
①Actual/own vs. actual/other 現実の自己概念 対 他者の自己概念
これらの自己状態の表象は、基本的な自己概念(どちらか一方、または両方の立場から)です。自身の自己概念と他者の自己概念との間の不一致は、アイデンティティ・クライシスとして説明することができ、これはしばしば青年期に起こります。罪悪感は、自分自身の視点からの不一致の特徴的な結果です。一方、恥は、他者の視点からの不一致の特徴的な結果です。
Self-guide 自己調整
②Actual/own vs. ideal/own 現実の自己 対 理想自己
この不一致において、個人の実際の属性に対する認識は、発展させたいと望む理想的な属性と一致しません。これらの自己指針間の不一致は、失望や不満といった落胆に関連する感情を特徴とします。実際の属性と理想的な属性の不一致は、低い自尊心と関連しており、良い結果の欠如の脅威を特徴とします。具体的には、個人は自分の願望が満たされていないと信じることに関連するため、失望や不満に脆弱であると予測されます。
③Actual/own vs. ideal/other 現実の自己 対 他者の理想自己
ここでは、自分の実際の属性に対する見方が、重要な他者が望む理想的な属性と一致しません。理想的な自己調整は、ポジティブな結果の欠如によって特徴づけられ、失望に関連する感情を伴います。より具体的には、自分が重要な他者の望みや希望を達成できなかったと信じているため、その重要な他者が自分に対して失望し、不満を抱いていると考えやすくなります。その結果、人は恥や当惑、落胆といった感情に対して脆弱になります。なぜなら、これらの感情は他者の目における自分の評価や地位を失ったと信じることに関連しているからです。
④Actual/own vs. ought/other 現実の自己 対 他者のあるべき自己
この不一致は、個人の立場が、自分が重要だと考える他者の義務や達成すべき責任と一致しないときに生じます。この不一致には、動揺に関連する感情が伴い、否定的な結果が生じます。より具体的には、定められた義務や責任の違反は罰と関連しているため、この特定の不一致は否定的な結果の存在を示しています。この不一致を経験している個人は、罰を受けるという期待を抱くでしょう。したがって、その人は恐怖や脅威を感じやすいと予測されます。なぜなら、これらの感情は危険や害が予想される、または差し迫っている際に生じるからです。このような感情の分析では、他者一人以上の立場や、規範や道徳基準との不一致に関連していると説明されています。
⑤Actual/own vs. ought/own 現実の自己 対 あるべき自己
これらの自己指針の間に不一致が生じるのは、自分の実際の属性に対する認識が、自分が持つべきだと思う期待に合致しない場合です。この不一致は、否定的な結果の存在と関連しており、自己不満のような動揺に関連する感情によって特徴付けられます。個人は自己罰に対する準備ができていると予測されます。その人は、罪悪感、自己軽蔑、不安に陥りやすいと予測されます。なぜなら、これらの特定の感情は、人が自分自身の正当で受け入れられた道徳基準を犯したと信じるときに生じるからです。
⑥Ideal vs. ought 理想自己 対あるべき自己
理想自己とあるべき自己は、実際の自己がそれに沿おうとする自己の指針として機能します。理想自己は希望や願望を表し、一方であるべき自己は義務感や責任感によって決まります。理想自己とあるべき自己のギャップに関して、また自己調整的なアプローチ行動と回避行動に特化して言えば、理想の領域はアプローチ行動に傾き、あるべきの領域は回避行動に傾く傾向があります。

前のロジャーズと追加のケースで考えると、
- 会社員が周りから期待される自己像(他者の理想)と自分が思う理想の自己像とのギャップは⑥理想自己 対あるべき自己から理想の自己へ向かい、周りから期待されるあるべきの領域から回避しようとする。他にも組み合わせはありますが、ここまでに致します。
- 「大学の試験に対する彼の自己像(理想)と能力不足(現実)への恐れと言う不一致」②現実の自己 対 理想自己の不一致による失望や不満に脆弱といった感情と自尊心低下から「学校が怖い」という身体的恐怖に繋がった。
- 「良い母であるべきとの自己像に対して、一人息子を手放したくない思い(現実)」は⑤現実の自己 対 あるべき自己の不一致により罪悪感、自己軽蔑、不安から「具合が悪くなった」と見てとれます。
そしてヒギンズは、自己不一致理論の意義を語っています。
少し理解が深まったでしょうか?かえって難しくなったかな?








コメント